管子 / 輕重乙
管子入復桓公曰:「終嵗之租金四萬二千金,請以一朝素賞軍士。」桓公曰:「諾。」以令至鼓期,於泰舟之野期軍士。桓公乃即壇而立,戚、鮑叔、隰朋、易牙、賔胥無皆差肩而立。管子執枹而揖軍士曰:「誰能陷陳破衆者,賜之百金。」三問不對。有一人秉劒而前,問曰:「幾何人之衆也?」管子曰:「千人之衆。」「千人之衆,臣能陷之。」賜之百金。管子又曰:「兵接弩張,誰能得卒長者,賜之百金。」問曰:「幾何人卒之長也?」管子曰:「千人之長。」「千人之長,臣能得之。」賜之百金。管子又曰:「誰能聴旌旗之所指,而得執將首者,賜之千金。」言能得者壘千人,賜之人千金。其餘言能外斬首者,賜之人十金。
新字:管子入復桓公曰:「終歳之租金四万二千金,請以一朝素賞軍士。」桓公曰:「諾。」以令至鼓期,於泰舟之野期軍士。桓公乃即壇而立,戚、鮑叔、隰朋、易牙、賔胥無皆差肩而立。管子執枹而揖軍士曰:「誰能陥陳破衆者,賜之百金。」三問不対。有一人秉劒而前,問曰:「幾何人之衆也?」管子曰:「千人之衆。」「千人之衆,臣能陥之。」賜之百金。管子又曰:「兵接弩張,誰能得卒長者,賜之百金。」問曰:「幾何人卒之長也?」管子曰:「千人之長。」「千人之長,臣能得之。」賜之百金。管子又曰:「誰能聴旌旗之所指,而得執将首者,賜之千金。」言能得者塁千人,賜之人千金。其余言能外斬首者,賜之人十金。
書き下し
管子入りて桓公に復して曰く、「歳を終うるの租金四萬二千金あり、請う一朝を以て素より軍士に賞せん」と。桓公曰く、「諾」と。令を以て鼓期に至り、泰舟の野に於て軍士を期す。桓公乃ち壇に即きて立ち、戚・鮑叔・隰朋・易牙・賔胥無皆な肩を差えて立つ。管子枹を執りて軍士に揖して曰く、「誰か能く陳を陷れ衆を破る者ぞ、之に百金を賜わん」と。三たび問うも對えず。一人有り劒を秉りて前み、問いて曰く、「幾何人の衆ぞや」と。管子曰く、「千人の衆なり」と。「千人の衆は、臣能く之を陷れん」と。之に百金を賜う。管子又た曰く、「兵接し弩張る、誰か能く卒長を得る者ぞ、之に百金を賜わん」と。問いて曰く、「幾何人の卒の長ぞや」と。管子曰く、「千人の長なり」と。「千人の長は、臣能く之を得ん」と。之に百金を賜う。管子又た曰く、「誰か能く旌旗の指す所を聴きて、將の首を執るを得る者ぞ、之に千金を賜わん」と。能く得んと言う者壘ぬること千人、之に人ごとに千金を賜う。其の餘の能く外斬首すと言う者には、之に人ごとに十金を賜う。
現代語訳
管子が入って桓公に申し上げた。一年分の租税の金が四万二千金あります。これを一朝のうちに、前もって軍の士に賞として配りたい。桓公は、よし、と言った。令を出して鼓を打つ日を定め、泰舟の野に軍の士を集めた。桓公は壇に登って立ち、寗戚、鮑叔、隰朋、易牙、賓胥無がみな肩を並べて立った。管子は撥を手に取り、軍の士に会釈して言った。誰か陣を破り敵の勢を崩せる者はいるか。その者に百金を賜う。三度問うたが答えがない。一人が剣を手に前に出て問うた。何人の勢ですか。管子が言った。千人の勢だ。千人の勢なら、私が崩してみせます。その者に百金を与えた。管子がまた言った。矛を交え弩を張るとき、誰か隊長を討ち取れる者はいるか。その者に百金を賜う。問うて言った。何人の隊の長ですか。管子が言った。千人の長だ。千人の長なら、私が討ち取ります。その者に百金を与えた。管子がまた言った。誰か旗印の指すところを聞き分け、大将の首を取れる者はいるか。その者に千金を賜う。取れると言った者が重なって千人になり、一人ずつに千金を与えた。そのほか、敵陣の外で首を取れると言った者には、一人ずつ十金を与えた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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李衛公問対・卷下夫れ用兵の法は、必ず先ず吾が士衆を察し、吾が勝氣を激して、乃ち以て敵を擊つべし。吳起の『四機』は、氣機を以て上と爲す。他の道無きなり。能く人人をして自ら鬬わしむれば、則ち其の銳當たる莫し。
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孫子・作戦篇故に智将は敵に食するを務む。敵に食する一鍾は、吾が二十鍾に当たり、萁稈一石は、吾が二十石に当たる。
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孫子・行軍篇水を絶てば必ず水に遠ざかる。客水を絶ちて来たらば、之を水内に迎うる勿かれ。半ば済らしめて之を撃つは利なり。戦わんと欲する者は、水に附きて客を迎うる無かれ。生を視て高きに処り、水流を迎うる無かれ。此れ水上に処るの軍なり。
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呉子・論将篇呉子曰く、凡そ兵に四機有り。一に曰く気機、二に曰く地機、三に曰く事機、四に曰く力機。三軍の衆、百万の師、張設の軽重、一人に在り、是を気機と謂う。路狭く道険しく、名山大塞、十夫の守る所、千夫も過ぎず、是を地機と謂う。善く間諜を行い、軽兵往来し、其の衆を分散し、其の君臣をして相怨ましめ、上下相咎めしむ、是を事機と謂う。車は管轄堅く、舟は櫓楫利く、士は戦陳に習い、馬は馳逐に閑る、是を力機と謂う。此の四つの者を知りて、乃ち将たるべし。然れども其の威・徳・仁・勇は、必ず以て下を率い衆を安んじ、敵を怖れしめ疑いを決するに足るべし。令を施して下犯さず、在る所寇敢えて敵せず。之を得れば国強く、之を去れば国亡ぶ。是を良将と謂う、と。
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『韓非子』難二第三十七簡子抱を投げて曰く、「烏乎、吾の士數弊す。」燭過冑を免ぎて對えて曰く、「亦た君の能わざる有るのみ。士弊れたる者無し。」
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六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。