管子 / 輕重乙
管子曰:「泉雨五尺,其君必辱。食稱之國必亡。待五榖者衆也。故樹木之勝霜露者,不受令於天。家足其所者,不從聖人。故奪然後予,髙然後下,喜然後怒,天下可舉。」
新字:管子曰:「泉雨五尺,其君必辱。食称之国必亡。待五榖者衆也。故樹木之勝霜露者,不受令於天。家足其所者,不従聖人。故奪然後予,高然後下,喜然後怒,天下可舉。」
書き下し
管子曰く、「泉雨五尺なれば、其の君必ず辱めらる。食を稱るの國は必ず亡ぶ。五榖を待つ者衆ければなり。故に樹木の霜露に勝つ者は、令を天に受けず。家の其の所に足る者は、聖人に從わず。故に奪いて然る後に予え、髙くして然る後に下し、喜ばしめて然る後に怒らしむれば、天下舉ぐべし」と。
現代語訳
管子が言った。雨が五尺も降れば、その君は必ず辱めを受ける。食べ物を量り分けている国は必ず滅びる。五穀を待っている者が多いからである。だから霜や露に耐える木は、天から令を受けない。暮らしが自分のところで足りている家は、聖人にも従わない。だから奪ってから与え、高くしてから下げ、喜ばせてから怒らせれば、天下は挙げられる。
解説
短いのに刃の鋭い一段です。霜や露に耐える木は天の指図を受けず、暮らしの足りた家は聖人にも従わない。裏を返せば、従わせたければ足らせてはいけない、と読めてしまう。そのうえで、奪ってから与え、上げてから下げ、喜ばせてから怒らせる。落差そのものを手として使うという考え方でした。使われる側からも読んでおきたい一段です。
この章句が説くこと
泉雨五尺なれば其の君必ず辱めらる樹木の霜露に勝つ者は令を天に受けず家の其の所に足る者は聖人に従わず奪いて然る後に予え高くして然る後に下す自立依存
関連する章句
-
孫子・謀攻篇孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。旅を全うするを上と為し、旅を破るは之に次ぐ。卒を全うするを上と為し、卒を破るは之に次ぐ。伍を全うするを上と為し、伍を破るは之に次ぐ。
-
『淮南子』道應訓武王 太公に問いて曰く、「寡人 紂を伐ちて天下す。是れ臣にして其の主を殺し、下にして其の上を伐つなり。吾 後世の用兵 休まず、鬥爭 已まざるを恐る。之を爲すこと奈何」と。太公曰く、「甚だ善し、王の問いや。夫れ未だ獸を得ざる者は、唯だ其の創の小なるを恐る。已に之を得れば、唯だ肉を傷むるの多きを恐る。王 若し久しく之を持せんと欲せば、則ち民を兌に塞ぎ、道 全く無用の事、煩擾の教を爲さば、彼 皆な其の業を樂しみ、其の情に供し、昭昭として冥冥に道かん。是に於いて乃ち其の瞀を去りて之に木を載せ、其の劍を解きて之に笏を帶びしむ。之が爲に三年の喪あり、類をして蕃らざらしめ、髙辭卑讓、民をして爭わざらしむ。酒肉以て之を通じ、竽瑟以て之を娯しませ、鬼神以て之を畏れしめ、繁文滋禮以て其の質を弇い、厚葬久喪以て其の家を亶くし、含珠鱗・施綸組以て其の財を貧しくし、深く鑿ち髙く壟して以て其の力を盡くさしむ。家 貧しく族 少なく、患を慮る者 貧しからん。此を以て風を移さば、以て天下を持して失わざる可し」と。故に老子曰く、「化して作らんと欲すれば、吾 將に之を鎭むるに無名の樸を以てせんとす」と。
-
『宋名臣言行録』後集巻三・文彦博公予に謂いて言う、初め及第して大理評事を授かり、絳州翼城縣を知す。未だ任に赴かず。客李本なる者有り、三たび訪ねて後に之に見ゆるを得たり。且つ言う、本に壻有りて縣の巡檢と爲る。公の庇わんことを幸うと。又た曰く、本は獨り干を奉ずるのみに非ず、亦た以て奉助有りと。本嘗て其の邑の戸口衆く猾にして治め難きを知り、因りて一策の文字を出す。皆景跡の人の姓名なり。其の首は姓張なり。公の至るに比び、姓張の人の事已に敗る。縣未だ給する能わず。正簿・尉皆云う、某等此に在ること各ミ歳餘、豈に過失無くして此の人の持する所と爲らんや。幸わくは君の來たらば必ず之を辨ぜんと。是に於いて公盡く其の姦狀を得て州に上り、之を決配す。邑人皆悚畏すと。
-
『管子』君臣上是の故に將に之に與えんとするに、惠厚も供する能わず。將に之を殺さんとするに、嚴威も振るう能わず。嚴威振るう能わず、惠厚供する能わざるは、聲と實と間有ればなり。善有る者は其の賞を留めず、故に民其の利を私せず。過有る者は其の罰を宿さず、故に民其の威を疾まず。威罰の制、民に踰ゆる無くんば、則ち人上に歸親す。天の雨るが如く然り、澤下ること尺なれば、生ずること上ること尺なり。是を以て人を官して官せず、人に事とせしめて事とせず、獨立して稽うる無き者は、人主の位なり。先王の天下に在るや、民之を神明の徳に比す、先王善く之を民に牧する者なればなり。
-
『管子』山至數君は大夫の委を用いて、以て流れ上に歸す。君は民を用いて、時を以て君に歸す。輕きを藏し、輕きを出だすに重きを以てするは、數なり。則ち彼れ安くんぞ自ら還りて獨り之を委する大夫有らんや。彼の諸侯の榖十にして、吾が國の榖をして二十ならしめば、則ち諸侯の榖は吾が國に歸せん。諸侯の榖二十にして、吾が國の榖十なれば、則ち吾が國の榖は諸侯に歸せん。故に善く天下を為むる者は、謹んで重の流れを守りて、天下も吾より洩らさず。彼の重の相い歸するは、水の下に就くが如し。吾が國の歳凶なるに非ざるも、幣を以て之を藏す、故に國榖は倍重し、故に諸侯の榖至るなり。是れ一分を藏して以て諸侯の一分を致すなり、利は天下に奪われず、大夫は以て富み侈るを得ず。重きを以て輕きを藏し、國に常に十有るは、國の筴なり。故に諸侯は服して正されずとも臣は櫎に從いて以て忠なり。此れ輕重を以て天下を御するの道なり、之を數應と謂う。
-
『管子』君臣下天下其の道を道とすれば則ち至り、其の道を道とせざれば則ち至らざるなり。夫れ水は、波だちて上るも、其の搖を盡くして復た下る、其の勢固より然る者なり。故に之を德にして以て懷け、之を威にして以て畏れしむれば、則ち天下之に歸す。有道の國は、號を發し令を出だせば、而ち夫婦盡く上に歸親す。法を布き憲を出だせば、而ち賢人列士盡く功能を上に致す。千里の内、束布の罰、一畝の賦、盡く知る可きなり。斧鉞を治むる者は敢えて刑を讓らず、軒冕を治むる者は敢えて賞を讓らず。墳然として一父の子の若く、一家の實の若きは、義理明らかなればなり。夫れ下其の上を戴かず、臣其の君を戴かざれば、則ち賢人來たらず。賢人來たらざれば、則ち百姓用いられず。百姓用いられざれば、則ち天下至らず。故に曰く、德侵さるれば則ち君危うく、論侵さるれば則ち功有る者危うく、令侵さるれば則ち官危うく、刑侵さるれば則ち百姓危うしと。而して明君なる者は、審らかに淫侵を禁ずる者なり。上に淫侵の論無ければ、則ち下に冀幸の心無し。