管子 / 輕重乙
桓公曰:「衡謂寡人曰:一農之事,必有一耜、一銚、一鎌、一鎒、一椎、一銍,然後成為農。一車必有一斤、一鋸、一釭、一鑽、一鑿、一銶、一軻,然後成為車。一女必有一刀、一錐、一箴、一鉥,然後成為女。請以令斷山木,鼓山鐵,是可以毋籍而用足。」管子對曰:「不可。今發徒而作之,則逃亡而不守。發民,則下疾怨上。邊竟有兵,則懷宿怨而不戰。未見山鐡之利而内敗矣。故善者不如與民量其重,計其贏,民得其十,君得其三。有襍之以輕重,守之以髙下,若此,則民疾作而為上虜矣。」
新字:桓公曰:「衡謂寡人曰:一農之事,必有一耜、一銚、一鎌、一鎒、一椎、一銍,然後成為農。一車必有一斤、一鋸、一釭、一鑽、一鑿、一銶、一軻,然後成為車。一女必有一刀、一錐、一箴、一鉥,然後成為女。請以令断山木,鼓山鉄,是可以毋籍而用足。」管子対曰:「不可。今発徒而作之,則逃亡而不守。発民,則下疾怨上。辺竟有兵,則懐宿怨而不戦。未見山鐡之利而内敗矣。故善者不如与民量其重,計其贏,民得其十,君得其三。有襍之以軽重,守之以高下,若此,則民疾作而為上虜矣。」
書き下し
桓公曰く、「衡寡人に謂いて曰く、一農の事には、必ず一耜・一銚・一鎌・一鎒・一椎・一銍有りて、然る後に成りて農と為る。一車には必ず一斤・一鋸・一釭・一鑽・一鑿・一銶・一軻有りて、然る後に成りて車と為る。一女には必ず一刀・一錐・一箴・一鉥有りて、然る後に成りて女と為る。請う令を以て山木を斷り、山鐵を鼓せば、是れ以て籍る毋くして用足るべしと」と。管子對えて曰く、「不可なり。今徒を發して之を作らば、則ち逃亡して守らず。民を發せば、則ち下疾く上を怨む。邊竟に兵有らば、則ち宿怨を懷きて戰わず。未だ山鐡の利を見ずして内に敗るるなり。故に善き者は民と其の重を量り、其の贏を計り、民は其の十を得、君は其の三を得るに如かず。之に襍うるに輕重を以てし、之を守るに髙下を以てす、此くの若くんば、則ち民は疾く作して上の虜と為らん」と。
現代語訳
桓公が言った。衡が私に言った。一人の農夫の仕事には、鋤、鍬、鎌、草かき、槌、穂切りが必ずあって、はじめて農夫になる。一台の車には、斧、鋸、車輪の金具、錐、鑿、のみ、車軸の受けが必ずあって、はじめて車になる。一人の織り手には、小刀、錐、針、糸通しが必ずあって、はじめて織り手になる。だから令を出して山の木を伐り、山の鉄を吹けば、取り立てをせずに入用が足りる、と。管子が答えた。いけません。いま人夫を徴発してそれを作らせれば、逃げ出して持ち場を守らない。民を動かせば、下はたちまち上を怨む。国境で戦になれば、その怨みを抱えたまま戦わない。山の鉄の利を見る前に、内側から敗れます。だからうまくやる者は、民と一緒に重さを量り儲けを計り、民が十を得て君が三を得るようにするに越したことはない。そこへ値の上げ下げを混ぜ、高い安いで押さえる。こうすれば民はよく働き、上のものとなるのです。
解説
この章句が説くこと
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事偖銭を夥く鋳出たさんには、当時長崎の金高つまりて銅を異国へくたさるゝことなれは、銅払底にて差支あるへし、総体銅の払底になりたるに仔細あり、此の三四十年このかた御城下は勿論、田舎の末々まて小寺小院にも鐘を鋳さるはなし、六十余州を詮識ぜは莫大の銅なるへし、小さき仏像其の数も夥しくなりたり、仏像も余りに夥しくなれは信仰は次第に薄くなることなれは、仏法のためにも宜しからさることなり、特に鐘の功徳と云ふは人の眠りを醒し、六時勤行の時を教へ、十二時の移り行くを知らせて無常を観するたよりとし、又大叢林にては峰々谷々の衆僧を呼集むる用事の為に鐘をつることなり、然るに鐘楼もなき小寺小院のつく人さへもなきに、旦那を勧進して鐘を楼下につり置きたるは何のため成るぞや、つかぬ鐘に声なし、声なくて功徳のあるへきやうなし、真に無用のものなり、
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『新論』守禦金銀・銅鉄・鉛錫・玉石、凡そ山嶽の蔵する所は、宜しく其の用を恡みて其の糜を禁ずべし。今梵宮・装閣、及び他の玩好の諸物、以て閭閻の用器・婦女の衣帯に至るまで、金を塗り銀を抹せざる莫し。則ち銷金の禁、厳ならざるべからざるなり。(西土の史書に載する所、其の府中の黄金銀物を出して以て軍用に供する者有り、金銀薄を禁ずる者有り、織成金を禁ずる者有り。古人の金銀を用ゐる所以の者、此に在りて彼に在らざること見るべし。唐六典に十四種の金有り、曰く、銷金・拍金・鍍金・織金・砑金・披金・泥金・鏤金・撚金・戧金・圏金・貼金・嵌金・裏金と。宋の時糜金以て服器を飾るを禁じ、又金銀箔線・貼金・銷金・蹙金線にて什器・土木・玩用の物を装貼するを禁じ、命婦に非ざれば以て首飾と為すを得ず。冶宋主の用ゐる所は、悉く官に送らしむ。諸州の寺観、金箔を以て像を飾る者は、自ら金銀工価を齎し、思文院に就きて換給せしむ。又僧の金銀珠玉を求丐し錯末して泥に和し以て塔像を為るを禁ず。又内庭は中宮より以下、並びに銷金・貼金・間金・戭金・解剔金・陥金・明金・泥金・楞金・背影金・盤金・織金・金線撚糸もて衣服に装着するを得ず、並びに金を以て飾と為すを得ざらしむ。其の外庭の臣庶の家も、悉く皆断禁す。是れ他の歴代の申禁、至らざる所無し。其の天地の蔵を発くを重んずるの意も、亦見るべきなり。)
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『新論』守禦虜は海外諸国を周流し、鉛錫銅鉄硝黄の属、之を諸国の産に資る。其の用固より窮まらず。而して我内に自ら守り、必ず山嶽の秘を発して以て之を用ゐれば、則ち彼此多寡の数、其の較せざるや亦審らかなり。(明人寇を防ぎ、招集屯駐す。当時汪汝淳云ふ、苦しむ所は人日に衆くして、衣甲器械継がず、火薬更に敷かずと。則ち此の火薬の生じ易き者すら、亦猶ほ敷かざるを患ふ。況んや今銅鉄鉛錫、其の生ずること限り有る者をや。)故に或いは弓弩を参用し、必ずしも専ら火器を恃まず。其の火器を用ゐる者も、亦専ら銅と鉛とを恃まず。其の銃身は或いは鉄或いは木、其の弾は或いは鉄或いは石或いは餅、或いは和するに銅鉄の滓・海上の沙鉄の類を以てして、以て餅と為す。朽縄・敗布・爛網・破罟と雖も、亦採りて以て錬造に供す。其の乏しきを補ふべからざる無し。棄物を収蔵して、以て有用を待ち、之を平素に試み、士卒をして習ひて之を知らしめ、事に臨みて百方参用すれば、庶はくは急遽にして以て匱乏を致さざらん。
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『政談』公儀御身上の制度の事其仕方公儀にて御入用のほとを積りて其大名の身上〳〵に応し出さしむべきなり、譬へは越前よりは奉書つめ、会津よりは蝋うるし、南部相馬よりは馬、上州加賀よりは絹、仙台長門よりは紙のたぐひなり、身上の高よりは出もの多形なとは外より出るものを下さるゝこともあるへし、御城下に御蔵を所々に立て置きて馬にて付込すへし、当時献上物なとのやうに仰山にすることにては諸大名無用の痛みと成るへし、唯当時御買上けになるを御買上げにせすして諸大名に出さするまてのことにすへし、歴代の先例皆斯の如し、偖又古は名山大川は封せずと云ふことあり、左様の所をは大名には下さらぬことなり、材木の出つる山金銀銅鉄鉛等の出つる山、名塩の出つる地は下されましき所なり、当時尾州へ木曽を進せられ、紀州へは熊野を進せられたること古法になきことなり、下されましき山を下し置れて上の御用には材木を御買上けにすること如何なる無調法なる仕方なるろや、特に東山東海の二道を尾州の御領にて塞くこと是れ亦あるましきことの第一なり、
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『政談』金銀錢員數減少する仔細の事此等のたぐひ、其外世間にある無用の銅器を鋳つぶし、銭を鋳は如何程も出来し、夫にて世界の困窮を救はゝ仏の慈悲心に叶ふべし、但し俗人の取捌きにて寺々の鐘を取りあくること愚かなる人の人情にさかふへけれは、智徳ある高僧に御相談ありて、教化させて其うへにて、屹としたる寺の鐘楼もあり、鐘をもつく用事のある寺はかりを遺し置きて、其外の小寺小院の鐘を悉く銭に鋳させ、その鐘を其の寺々に之を下され寺の修理に用ひたきことなり、
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『新論』守禦其の希に生ずる所の者を嗇用し、将に以て大いに用ゐる所有らんとす。其の用ゐて以て機に応じ勝を制するに至りては、則ち自ら将略有りて存す。此れ特に兵機を暁る者の為に論ずべくして、紙上に豫め論ずる所に非ざるなり。(戚継光の水戦の法の如きは、弓弩標石と火器と相参ふ。而して火器の如きも、亦其の一船に応に火薬五百斤を備ふべくして、鉛弾は三百斤に過ぎず。火薬の用、鉛弾を発するに止まらざること見るべし。而して参ふるに火箭・噴筒・薬桶の諸器を以てし、専ら鉛弾を用ゐず。則ち火器の必ずしも鉛弾を恃まざることも亦見るべし。)故に大礮の制、干鹵の用、弓弩の技、夫の鉄石雑品の採りて以て用に供すべき者と、皆火を用ゐるの術にして、以て間暇に及びて之を審議せざるべからざるなり。

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