管子 / 輕重乙
武王問於癸度曰:「賀獻不重,身不親於君。左右不足,友不善於羣臣。故不欲收穡户籍而給左右之用,為之有道乎?」癸度對曰:「吾國者,衢處之國也,逺秸之所通,游客蓄商之所道,財物之所遵。故茍入吾國之粟,因吾國之幣,然後載黄金而出。故君請重重而衡輕輕,運物而相因,則國筴可成。故謹毋失其度,未與民可治。」武王曰:「行事奈何?」癸度曰:「金出於汝、漢之右衢,珠出於赤野之末光,玉出於禺氏之旁山,此皆距周七千八百餘里,其涂逺,其至阨,故先王度用於其重,因以珠玉為上幣,黄金為中幣,刀布為下幣。故先王善髙下中幣,制下上之用,而天下足矣。」
新字:武王問於癸度曰:「賀献不重,身不親於君。左右不足,友不善於羣臣。故不欲収穡戸籍而給左右之用,為之有道乎?」癸度対曰:「吾国者,衢処之国也,遠秸之所通,游客蓄商之所道,財物之所遵。故茍入吾国之粟,因吾国之幣,然後載黄金而出。故君請重重而衡軽軽,運物而相因,則国筴可成。故謹毋失其度,未与民可治。」武王曰:「行事奈何?」癸度曰:「金出於汝、漢之右衢,珠出於赤野之末光,玉出於禺氏之旁山,此皆距周七千八百余里,其涂遠,其至阨,故先王度用於其重,因以珠玉為上幣,黄金為中幣,刀布為下幣。故先王善高下中幣,制下上之用,而天下足矣。」
書き下し
武王癸度に問いて曰く、「賀獻重からざれば、身は君に親しまれず。左右足らざれば、友は羣臣に善しとせられず。故に穡を收め户に籍りて左右の用に給せんと欲せず、之を為すに道有りや」と。癸度對えて曰く、「吾が國なる者は、衢處の國なり、逺秸の通ずる所、游客蓄商の道る所、財物の遵る所なり。故に茍しくも吾が國に入れば粟あり、吾が國の幣に因り、然る後に黄金を載せて出づ。故に君請う重きを重くして輕きを衡し、物を運らして相い因れば、則ち國筴成るべし。故に謹んで其の度を失う毋くんば、未だ民と與にせずして治むべし」と。武王曰く、「事を行うこと奈何」と。癸度曰く、「金は汝・漢の右衢に出で、珠は赤野の末光に出で、玉は禺氏の旁山に出づ。此れ皆な周を距つること七千八百餘里、其の涂逺く、其の至ること阨し、故に先王は用を其の重に度り、因りて珠玉を以て上幣と為し、黄金を以て中幣と為し、刀布を以て下幣と為す。故に先王は善く中幣を髙下して、下上の用を制して、天下足れり」と。
現代語訳
武王が癸度に問うた。献上が薄ければ、身は君に親しまれない。側近に回すものが足りなければ、友は群臣に良く思われない。だからといって収穫を集め戸ごとに取り立てて側近の入用にあてたくはない。これに道はあるか。癸度が答えた。我が国は四つ辻に立つ国であり、遠くから穀物が通じてくるところ、旅の客や蓄えを持つ商人が通る道であり、財物の集まるところです。だから我が国に入れば粟があり、我が国の銭を使い、そのあとで黄金を積んで出ていく。だから君は重いものを重くし軽いものを釣り合わせ、物をめぐらせて互いに拠らせれば、国の手立ては成ります。だから念入りにその度合いを外さなければ、民に手をつけないままで治まるのです。武王が言った。それをどう行うのか。癸度が言った。金は汝水と漢水の右の岐れに出て、珠は赤野の果てに出て、玉は禺氏のかたわらの山に出る。これらはみな周から七千八百里余り、道は遠く、たどり着くのは険しい。だから先王は用いようをその重さで測り、珠玉を上の貨幣、黄金を中の貨幣、刀銭と布銭を下の貨幣とした。だから先王は中の貨幣の値をうまく上下させて、下と上の用いようを制し、天下は足りたのです。
解説
この章句が説くこと
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『管子』揆度桓公管子に問いて曰く、「隂山の馬の駕を具うる者は千乗なり。馬の平賈は萬なり、金の平賈も萬なり。吾に伏金千斤有り、此を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「君請う正籍に與る者をして、皆な幣を以て金に還らしめば、吾れ四萬に至らん。此れ一にして四と為るなり。吾れ埴を埏ね鑪櫜を揺るがして黄金を立つるに非ざるなり、今黄金の重き一にして四と為る者は、數なり。珠は赤野の末光に起こり、黄金は汝・漢水の右衢に起こり、玉は禺氏の邊山に起こる。此れ周を度り去ること七千八百里、其の涂逺く、其の至ること阨し、故に先王は其の重きを度り用いて之に因り、珠玉を上幣と為し、黄金を中幣と為し、刀布を下幣と為す。先王中幣を髙下して、下上の用を利くす。
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『管子』地數桓公管子に問いて曰く、「天財地利を以て功を立て名を天下に成す者は、誰か子ぞ」と。管子對えて曰く、「文・武是れなり」と。桓公曰く、「此の若き言は何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「夫れ玉は牛氏・邊山に起こり、金は汝・漢の右洿に起こり、珠は赤野の末光に起こる。此れ皆な周を距つること七千八百里、其の涂逺くして至り難し、故に先王各おの其の重に用い、珠玉を上幣と為し、黄金を中幣と為し、刀布を下幣と為す。令疾ければ則ち黄金重く、令徐ければ則ち黄金輕し。先王は其の號令の徐疾を權度し、其の中幣を髙下して、下上の用を制す、則ち文・武是れなり」と。
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『管子』國蓄玉は禺氏に起こり、金は汝漢に起こり、珠は赤野に起こる。東西南壮、周を距つること七千八百里、水絶え壤斷え、舟車通ずる能わず。先王は其の途の逺く、其の至るの難きが為に、故に用を其の重に託し、珠玉を以て上幣と為し、黄金を以て中幣と為し、刀布を以て下幣と為す。三幣は之を握れば則ち煖かきに補い有るに非ざるなり、之を食らえば則ち飽くに補い有るに非ざるなり、先王は以て財物を守り、以て民事を御して、天下を平らげしなり。今人君籍りて民に求め、令して曰く十日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に一を去る。令して曰く八日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に二を去る。令して曰く五日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に半を去る。朝に令して夕べに具えよとすれば、則ち財物の賈は什に九を去る。先王は其の然るを知る、故に萬民に求めずして、號令に籍りしなり。
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『管子』地數桓公管子に問いて曰く、「吾れ國財を守りて天下に税せずして、外は天下に因らんと欲す、可なるか」と。管子對えて曰く、「可なり。夫れ水は激して渠に流れ、令疾くして物重し。先王は其の號令の徐疾を理め、内は國財を守りて外は天下に因れり」と。桓公管子に問いて曰く、「其の事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「夫れ昔者武王に巨橋の粟有り、糴を貴くするの數あり」と。桓公曰く、「之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「武王重泉の戌を立てて令して曰く、『民の自ら百鼓の粟有る者は行かず』と。民は最む所の粟を舉げて、以て重泉の戍を避く、而して國榖は二十倍し、巨橋の粟も亦た二十倍す。武王巨橋の粟の二十倍なるを以て繒帛を市い、軍は五歳民に衣を籍る毋し。巨橋の粟の二十倍なるを以て黄金百萬に衡す、身を終うるまで民に籍る無し、準衡の數なり」と。
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『管子』輕重乙桓公曰く、「壤數は此に盡くるか」と。管子對えて曰く、「未だし。昔狄諸侯は、畆鍾の國なり、故に粟十鍾にして錙金なり。程諸侯は、山諸侯の國なり、故に粟五釜にして錙金なり。故に狄諸侯は十鍾にして㦸を倳つるを得ず、程諸侯は五釜にして㦸を倳つるを得たり。十倍にして足らず、或いは五分にして餘り有る者は、輕重髙下の數に通ずればなり。國に十歳の蓄え有るも、民の食足らざる者は、皆な其の事業を以て君の祿を望めばなり。君に山海の財有るも、民の用足らざる者は、皆な其の事業を以て上に交接すればなり。故に租籍は、君の宜しく得べき所なり。正籍は、君の彊いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得べき所を廢して、其の彊いて求むる所を斂む、故に下は上を怨みて令行われず。民は、之を奪えば則ち怒り、之に予うれば則ち喜ぶ。民情固より然り。先王は其の然るを知る、故に予うるの所を見わして、奪うの理を見わさず。故に五榖粟米なる者は、民の司命なり。黄金刀布なる者は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制して、以て其の司命を御す、故に民力盡くすべきなり」と。
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『管子』輕重甲桓公曰く、「四夷服せず、其の逆政の天下に游びて寡人を傷らんことを恐る。寡人の行い、此を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「呉越朝せざれば、珠象もて以て幣と為さんか。發・朝鮮朝せざれば、請う文皮の毤服もて以て幣と為さんか。禺氏朝せざれば、請う白璧を以て幣と為さんか。崐崘の虚朝せざれば、請う璆琳琅玕を以て幣と為さんか。故に夫れ握りて手に見えず、含みて口に見えずして、千金に辟する者は、珠なり、然る後に八千里の呉越は得て朝すべきなり。一豹の皮、金を容れて金なり、然る後に八千里の發・朝鮮は得て朝すべきなり。懷きて抱に見えず、挾みて掖に見えずして千金に辟する者は、白璧なり、然る後に八千里の禺氏は得て朝すべきなり。簪珥にして千金に辟する者は、璆琳琅玕なり、然る後に八千里の崐崘の虚は得て朝すべきなり。故に物に主無く、事に接する無く、逺近相い因る無ければ、則ち四夷は得て朝せざるなり」と。