管子 / 輕重甲
桓公曰:「四夷不服,恐其逆政游於天下而傷寡人。寡人之行,為此有道乎?」管子對曰:「呉越不朝,珠象而以為幣乎?發、朝鮮不朝,請文皮毤服而以為幣乎?禺氏不朝,請以白璧為幣乎?崐崘之虚不朝,請以璆琳琅玕為幣乎?故夫握而不見於手,含而不見於口,而辟千金者,珠也,然後八千里之呉越可得而朝也。一豹之皮,容金而金也,然後八千里之發、朝鮮可得而朝也。懷而不見於抱,挾而不見於掖而辟千金者,白璧也,然後八千里之禺氏可得而朝也。簪珥而辟千金者,璆琳琅玕也,然後八千里之崐崘之虚可得而朝也。故物無主,事無接,逺近無以相因,則四夷不得而朝矣。」
新字:桓公曰:「四夷不服,恐其逆政游於天下而傷寡人。寡人之行,為此有道乎?」管子対曰:「呉越不朝,珠象而以為幣乎?発、朝鮮不朝,請文皮毤服而以為幣乎?禺氏不朝,請以白璧為幣乎?崐崘之虚不朝,請以璆琳琅玕為幣乎?故夫握而不見於手,含而不見於口,而辟千金者,珠也,然後八千里之呉越可得而朝也。一豹之皮,容金而金也,然後八千里之発、朝鮮可得而朝也。懐而不見於抱,挟而不見於掖而辟千金者,白璧也,然後八千里之禺氏可得而朝也。簪珥而辟千金者,璆琳琅玕也,然後八千里之崐崘之虚可得而朝也。故物無主,事無接,遠近無以相因,則四夷不得而朝矣。」
書き下し
桓公曰く、「四夷服せず、其の逆政の天下に游びて寡人を傷らんことを恐る。寡人の行い、此を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「呉越朝せざれば、珠象もて以て幣と為さんか。發・朝鮮朝せざれば、請う文皮の毤服もて以て幣と為さんか。禺氏朝せざれば、請う白璧を以て幣と為さんか。崐崘の虚朝せざれば、請う璆琳琅玕を以て幣と為さんか。故に夫れ握りて手に見えず、含みて口に見えずして、千金に辟する者は、珠なり、然る後に八千里の呉越は得て朝すべきなり。一豹の皮、金を容れて金なり、然る後に八千里の發・朝鮮は得て朝すべきなり。懷きて抱に見えず、挾みて掖に見えずして千金に辟する者は、白璧なり、然る後に八千里の禺氏は得て朝すべきなり。簪珥にして千金に辟する者は、璆琳琅玕なり、然る後に八千里の崐崘の虚は得て朝すべきなり。故に物に主無く、事に接する無く、逺近相い因る無ければ、則ち四夷は得て朝せざるなり」と。
現代語訳
桓公が言った。四方の異民が従わず、その逆らう政が天下に広まって私を損なうのが怖い。私の行いとして、これに道はあるか。管子が答えた。呉と越が朝廷に来ないなら、珠と象牙を貨幣としてはどうでしょう。発と朝鮮が来ないなら、模様のある毛皮の衣を貨幣としてはどうでしょう。禺氏が来ないなら、白璧を貨幣としてはどうでしょう。崑崙の地が来ないなら、美しい玉を貨幣としてはどうでしょう。握っても手から見えず、口に含んでも見えないのに千金に値するもの、それが珠です。そうしてはじめて八千里の呉と越が朝廷に来る。豹の皮一枚が、金を入れたのと同じ値になる。そうしてはじめて八千里の発と朝鮮が来る。懐に入れても抱えているとは見えず、脇に挟んでも見えないのに千金に値するもの、それが白璧です。そうしてはじめて八千里の禺氏が来る。簪や耳飾りでありながら千金に値するもの、それが美玉です。そうしてはじめて八千里の崑崙の地が来る。だから物に主がなく、事に接するところがなく、遠近が互いに拠りどころを持たなければ、四方の異民は朝廷に来ないのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
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説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
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孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
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孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
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戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
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