管子 / 揆度
桓公問於管子曰:「隂山之馬具駕者千乗。馬之平賈萬也,金之平賈萬也。吾有伏金千斤,為此奈何?」管子對曰:「君請使與正籍者,皆以幣還於金,吾至四萬。此一為四矣。吾非埏埴揺鑪櫜而立黄金也,今黄金之重一為四者,數也。珠起於赤野之末光,黄金起於汝、漢水之右衢,玉起於禺氏之邊山。此度去周七千八百里,其涂逺,其至阨,故先王度用其重而因之,珠玉為上幣,黄金為中幣,刀布為下幣。先王髙下中幣,利下上之用。
新字:桓公問於管子曰:「陰山之馬具駕者千乗。馬之平賈万也,金之平賈万也。吾有伏金千斤,為此奈何?」管子対曰:「君請使与正籍者,皆以幣還於金,吾至四万。此一為四矣。吾非埏埴揺鑪櫜而立黄金也,今黄金之重一為四者,数也。珠起於赤野之末光,黄金起於汝、漢水之右衢,玉起於禺氏之辺山。此度去周七千八百里,其涂遠,其至阨,故先王度用其重而因之,珠玉為上幣,黄金為中幣,刀布為下幣。先王高下中幣,利下上之用。
書き下し
桓公管子に問いて曰く、「隂山の馬の駕を具うる者は千乗なり。馬の平賈は萬なり、金の平賈も萬なり。吾に伏金千斤有り、此を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「君請う正籍に與る者をして、皆な幣を以て金に還らしめば、吾れ四萬に至らん。此れ一にして四と為るなり。吾れ埴を埏ね鑪櫜を揺るがして黄金を立つるに非ざるなり、今黄金の重き一にして四と為る者は、數なり。珠は赤野の末光に起こり、黄金は汝・漢水の右衢に起こり、玉は禺氏の邊山に起こる。此れ周を度り去ること七千八百里、其の涂逺く、其の至ること阨し、故に先王は其の重きを度り用いて之に因り、珠玉を上幣と為し、黄金を中幣と為し、刀布を下幣と為す。先王中幣を髙下して、下上の用を利くす。
現代語訳
桓公が管子に問うた。陰山の馬で車をつけられるものが千乗ある。馬の並の値は一万、金の並の値も一万である。私のところに眠っている金が千斤ある。これをどうすればよいか。管子が答えた。君は正規の取り立てにあたる者に、みな銭ではなく金で納めさせなさい。そうすれば四万になります。これで一が四になる。私は土をこねたわけでも、炉のふいごを揺すって黄金を作ったわけでもありません。いま黄金の値が一から四になるのは、数え方によるのです。珠は赤野の果てに生まれ、黄金は汝水と漢水の右の岐れに生まれ、玉は禺氏の辺山に生まれる。これらは周から測って七千八百里、道は遠く、たどり着くのは険しい。だから先王はその重さを測って用い、珠玉を上の貨幣、黄金を中の貨幣、刀銭と布銭を下の貨幣とした。先王は中の貨幣の値を上下させて、下と上の用いようを回したのです。
解説
この章句が説くこと
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『管子』國蓄玉は禺氏に起こり、金は汝漢に起こり、珠は赤野に起こる。東西南壮、周を距つること七千八百里、水絶え壤斷え、舟車通ずる能わず。先王は其の途の逺く、其の至るの難きが為に、故に用を其の重に託し、珠玉を以て上幣と為し、黄金を以て中幣と為し、刀布を以て下幣と為す。三幣は之を握れば則ち煖かきに補い有るに非ざるなり、之を食らえば則ち飽くに補い有るに非ざるなり、先王は以て財物を守り、以て民事を御して、天下を平らげしなり。今人君籍りて民に求め、令して曰く十日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に一を去る。令して曰く八日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に二を去る。令して曰く五日にして具えよとすれば、則ち財物の賈は什に半を去る。朝に令して夕べに具えよとすれば、則ち財物の賈は什に九を去る。先王は其の然るを知る、故に萬民に求めずして、號令に籍りしなり。
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『管子』輕重乙武王癸度に問いて曰く、「賀獻重からざれば、身は君に親しまれず。左右足らざれば、友は羣臣に善しとせられず。故に穡を收め户に籍りて左右の用に給せんと欲せず、之を為すに道有りや」と。癸度對えて曰く、「吾が國なる者は、衢處の國なり、逺秸の通ずる所、游客蓄商の道る所、財物の遵る所なり。故に茍しくも吾が國に入れば粟あり、吾が國の幣に因り、然る後に黄金を載せて出づ。故に君請う重きを重くして輕きを衡し、物を運らして相い因れば、則ち國筴成るべし。故に謹んで其の度を失う毋くんば、未だ民と與にせずして治むべし」と。武王曰く、「事を行うこと奈何」と。癸度曰く、「金は汝・漢の右衢に出で、珠は赤野の末光に出で、玉は禺氏の旁山に出づ。此れ皆な周を距つること七千八百餘里、其の涂逺く、其の至ること阨し、故に先王は用を其の重に度り、因りて珠玉を以て上幣と為し、黄金を以て中幣と為し、刀布を以て下幣と為す。故に先王は善く中幣を髙下して、下上の用を制して、天下足れり」と。
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『管子』揆度桓公管子に問いて曰く、「吾れ海内の玉幣に七筴有りと聞く、得て聞くべきか」と。管子對えて曰く、「隂山の礝碈は、一筴なり。燕の紫山の白金は、一筴なり。發・朝鮮の文皮は、一筴なり。汝・漢水の右衢の黄金は、一筴なり。江陽の珠は、一筴なり。秦の明山の曽青は、一筴なり。禺氏・邊山の玉は、一筴なり。此れ寡を以て多と為し、狹を以て廣と為すと謂う、天下の數は輕重に盡くるなり」と。
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『管子』山至數桓公曰く、「幣乗馬の數を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「士は資を受くるに幣を以てし、大夫は邑を受くるに幣を以てし、人馬は食を受くるに幣を以てすれば、則ち一國の榖資は上に在り、幣貲は下に在り、國榖の什倍するは、數なり。萬物財物の什の二を去るは、筴なり。皮革・筋角・羽毛・竹箭・器械・財物、茍しくも國器君用に合する者は、皆な矩劵上に有り。君實に鄉州に藏せしめて曰く、『某月某日、茍しくも責を從うる者は、鄉に決し州に決す』と。故に曰く、庸に就くこと一日にして決す、と。國筴は榖より出づ、軌もて國を筴るは、貨幣乗馬なる者なり。今刀布は官府に藏し、巧幣萬物の輕重は皆な賈に在り。彼れ幣重ければ萬物輕く、幣輕ければ萬物重し。彼れ榖重ければ榖輕し。人君榖幣金の衡を操れば、天下定むべきなり。此れ天下を守るの數なり」と。
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『管子』地數桓公管子に問いて曰く、「天財地利を以て功を立て名を天下に成す者は、誰か子ぞ」と。管子對えて曰く、「文・武是れなり」と。桓公曰く、「此の若き言は何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「夫れ玉は牛氏・邊山に起こり、金は汝・漢の右洿に起こり、珠は赤野の末光に起こる。此れ皆な周を距つること七千八百里、其の涂逺くして至り難し、故に先王各おの其の重に用い、珠玉を上幣と為し、黄金を中幣と為し、刀布を下幣と為す。令疾ければ則ち黄金重く、令徐ければ則ち黄金輕し。先王は其の號令の徐疾を權度し、其の中幣を髙下して、下上の用を制す、則ち文・武是れなり」と。
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『管子』輕重甲桓公管子に問いて曰く、「今㦸を倳つること十萬、薪菜の靡やすること、日に十里の衍を虚しくす。㦸を頓きて一たび譟げば、而ち幣を靡やすの用、日に千金の積みを去る。之を久しくせば、且た何を以て之を待たん」と。管子對えて曰く、「粟の賈平らかにして四十なれば、則ち金の賈は四千なり。粟の賈釜に四十なれば、則ち鍾に四百なり、十鍾にして四千なり、二十鍾なる者は八千と為る。金の賈四千なれば、則ち二金は八千に中たるなり。然らば則ち一農の事、歳を終うるまで百畝を耕し、百畝の收は、二十鍾に過ぎず、一農の事は乃ち二金の財に中たるのみ。故に粟重ければ黄金輕く、黄金重ければ粟輕し、兩つの者は衡して立たず。故に善き者は粟の賈を重くし、釜に四百なれば、則ち是れ鍾に四千なり、十鍾にして四萬、二十鍾なる者は八萬。金の賈四千なれば、則ち是れ十金は四萬なり、二十金なる者は八萬と為る。故に號を發し令を出だして曰く、一農の事は、二十金の筴有りと。然らば則ち地に廣狹有るに非ず、國に貧富有るに非ざるなり、號を發し令を出だすに通じ、輕重の數に審らかなること然るなり」と。