管子 / 地數
桓公問於管子曰:「吾欲守國財而毋税於天下,而外因天下,可乎?」管子對曰:「可。夫水激而流渠,令疾而物重。先王理其號令之徐疾,内守國財而外因天下矣。」桓公問於管子曰:「其行事奈何?」管子對曰:「夫昔者武王有巨橋之粟,䝿糴之數。」桓公曰:「為之奈何?」管子對曰:「武王立重泉之戌令曰:『民自有百鼓之粟者不行。』民舉所最粟,以避重泉之戍,而國榖二什倍,巨橋之粟亦二什倍。武王以巨橋之粟二什倍而市繒帛,軍五嵗毋籍衣於民。以巨橋之粟二什倍而衡黄金百萬,終身無籍於民,準衡之數也。」
新字:桓公問於管子曰:「吾欲守国財而毋税於天下,而外因天下,可乎?」管子対曰:「可。夫水激而流渠,令疾而物重。先王理其号令之徐疾,内守国財而外因天下矣。」桓公問於管子曰:「其行事奈何?」管子対曰:「夫昔者武王有巨橋之粟,䝿糴之数。」桓公曰:「為之奈何?」管子対曰:「武王立重泉之戌令曰:『民自有百鼓之粟者不行。』民舉所最粟,以避重泉之戍,而国榖二什倍,巨橋之粟亦二什倍。武王以巨橋之粟二什倍而市繒帛,軍五歳毋籍衣於民。以巨橋之粟二什倍而衡黄金百万,終身無籍於民,準衡之数也。」
書き下し
桓公管子に問いて曰く、「吾れ國財を守りて天下に税せずして、外は天下に因らんと欲す、可なるか」と。管子對えて曰く、「可なり。夫れ水は激して渠に流れ、令疾くして物重し。先王は其の號令の徐疾を理め、内は國財を守りて外は天下に因れり」と。桓公管子に問いて曰く、「其の事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「夫れ昔者武王に巨橋の粟有り、糴を貴くするの數あり」と。桓公曰く、「之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「武王重泉の戌を立てて令して曰く、『民の自ら百鼓の粟有る者は行かず』と。民は最む所の粟を舉げて、以て重泉の戍を避く、而して國榖は二十倍し、巨橋の粟も亦た二十倍す。武王巨橋の粟の二十倍なるを以て繒帛を市い、軍は五歳民に衣を籍る毋し。巨橋の粟の二十倍なるを以て黄金百萬に衡す、身を終うるまで民に籍る無し、準衡の數なり」と。
現代語訳
桓公が管子に問うた。私は国の財を守り、天下に税をかけず、外は天下に頼りたい。できるか。管子が答えた。できます。水は勢いを与えられれば水路を流れ、令が急であれば物の値は上がる。先王は号令の緩急を整え、内では国の財を守り、外は天下に頼りました。桓公が管子に問うた。それをどう行うのか。管子が答えた。昔、武王には巨橋の粟があり、買値を高くする数え方がありました。桓公が言った。どうするのか。管子が答えた。武王は重泉の守備を置いて令を出した。自分で百鼓の粟を持つ者は行かなくてよい、と。民は集められるだけの粟をかき集めて重泉の守備を避けた。すると国の穀物の値は二十倍になり、巨橋の粟も二十倍になった。武王は二十倍になった巨橋の粟で絹を買い、軍は五年のあいだ民から衣を取り立てずにすんだ。二十倍になった巨橋の粟を黄金百万に換え、生涯民から取り立てることがなかった。これが釣り合いの数え方です。
解説
この章句が説くこと
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『管子』山至數桓公又た管子に問いて曰く、「身を終うるまで天下を有ちて失う勿からんとするに、之を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「請う天下に施す勿かれ、獨り之を吾が國に施せ」と。桓公曰く、「此の若き言は何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「國の廣狹、壤の肥墝に數有り、歳を終うるまでの食の餘りに數有り、彼の國を守る者は、榖を守るのみ」と。曰く、「某の縣の壤の廣きこと若干、某の縣の壤の狹きこと若干、則ち必ず委幣を積み、是に於て縣州里は公錢を受く。泰秋、國榖は三分の一を去る、君令を下し、郡縣屬大夫里邑に謂いて皆な粟を籍りて入るること若干とす。榖の重は一なるも、以て上に藏する者、國榖三分すれば、則ち二分は上に在り。泰春、國榖の倍重するは、數なり。泰夏、榖を賦するに市の櫎を以てし、民は皆な上の榖を受けて以て田土を治む。泰秋、田榖の存予する者若干、今上榖を歛むるに幣を以てすれば、民は幣無しと曰いて榖を以てす、則ち民の三は上に歸する有り。重の相い因り、時の化舉するは、國筴と為さざる無し。
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『管子』輕重甲桓公管子に問いて曰く、「今㦸を倳つること十萬、薪菜の靡やすること、日に十里の衍を虚しくす。㦸を頓きて一たび譟げば、而ち幣を靡やすの用、日に千金の積みを去る。之を久しくせば、且た何を以て之を待たん」と。管子對えて曰く、「粟の賈平らかにして四十なれば、則ち金の賈は四千なり。粟の賈釜に四十なれば、則ち鍾に四百なり、十鍾にして四千なり、二十鍾なる者は八千と為る。金の賈四千なれば、則ち二金は八千に中たるなり。然らば則ち一農の事、歳を終うるまで百畝を耕し、百畝の收は、二十鍾に過ぎず、一農の事は乃ち二金の財に中たるのみ。故に粟重ければ黄金輕く、黄金重ければ粟輕し、兩つの者は衡して立たず。故に善き者は粟の賈を重くし、釜に四百なれば、則ち是れ鍾に四千なり、十鍾にして四萬、二十鍾なる者は八萬。金の賈四千なれば、則ち是れ十金は四萬なり、二十金なる者は八萬と為る。故に號を發し令を出だして曰く、一農の事は、二十金の筴有りと。然らば則ち地に廣狹有るに非ず、國に貧富有るに非ざるなり、號を發し令を出だすに通じ、輕重の數に審らかなること然るなり」と。
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『管子』輕重乙桓公曰く、「壤數は此に盡くるか」と。管子對えて曰く、「未だし。昔狄諸侯は、畆鍾の國なり、故に粟十鍾にして錙金なり。程諸侯は、山諸侯の國なり、故に粟五釜にして錙金なり。故に狄諸侯は十鍾にして㦸を倳つるを得ず、程諸侯は五釜にして㦸を倳つるを得たり。十倍にして足らず、或いは五分にして餘り有る者は、輕重髙下の數に通ずればなり。國に十歳の蓄え有るも、民の食足らざる者は、皆な其の事業を以て君の祿を望めばなり。君に山海の財有るも、民の用足らざる者は、皆な其の事業を以て上に交接すればなり。故に租籍は、君の宜しく得べき所なり。正籍は、君の彊いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得べき所を廢して、其の彊いて求むる所を斂む、故に下は上を怨みて令行われず。民は、之を奪えば則ち怒り、之に予うれば則ち喜ぶ。民情固より然り。先王は其の然るを知る、故に予うるの所を見わして、奪うの理を見わさず。故に五榖粟米なる者は、民の司命なり。黄金刀布なる者は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制して、以て其の司命を御す、故に民力盡くすべきなり」と。
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『管子』地數桓公管子に問いて曰く、「吾れ本を富ませて五榖を豐かにせんと欲す、可なるか」と。管子對えて曰く、「不可なり。夫れ本富みて財物衆ければ、守る能わざれば則ち天下に税せらる。五榖興り豐かにして、錢を巨にして天下貴ければ、則ち天下に税せらる。然らば則ち吾が民は常に天下の虜と為らん。夫れ善く本を用うる者は、身を以て大海を濟るが若く、風の起こる所を觀て、天下髙ければ則ち髙くし、天下下れば則ち下る。天髙く我下れば、則ち財利は天下に税せらる」と。
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『管子』山至數桓公管子に問いて曰く、「昔者周人天下を有ち、諸侯賔服し、名教天下に通ず、而るに其の下に奪わる、何の數ぞや」と。管子對えて曰く、「君壤を分かちて貢入せしめ、市朝流を同じくす。黄金は、一筴なり。江陽の珠は、一筴なり。秦の明山の曾青は、一筴なり。此れ寡を以て多と為し、狹を以て廣と為すと謂う、軌出の屬なり」と。桓公曰く、「天下の數は軌出の屬に盡くるか」と。「今國榖重きこと什倍にして萬物輕し、大夫賈に謂う、之の子吾が為に榖を運びて財を斂めよと。榖の重は一なるも、今九は餘りと為る。榖重くして萬物輕し、此くの若くんば、則ち國財の九は大夫に在り。國歳ごとに一を反せば、財物の九なる者は、皆な倍重して出づ。財物下に在れば、幣の九は大夫に在り。然らば則ち幣と榖との羨は大夫に在るなり。天子客を以て行き、令は時を以て出づるも、熟榖の人亡び、諸侯受けて之を官し、朋を連ね與を聚め、萬物を髙下して、以て民用に合す。内は則ち大夫自ら還りて忠を盡くさず、外は則ち諸侯朋を連ね與を合す、熟榖の人は則ち去り亡ぶ、故に天子其の權を失うなり」と。桓公曰く、「善し」と。
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『管子』地數桓公管子に問いて曰く、「今も亦た以て此を行うべきか」と。管子對えて曰く、「可なり。夫れ楚に汝・漢の金有り、齊に渠展の鹽有り、燕に遼東の煑有り。此の三つの者も、亦た以て武王の數に當つべし。十口の家は、十人鹽を咶む。百口の家は、百人鹽を咶む。凡そ鹽を食らうの數、一月に丈夫は五升と少半、婦人は三升と少半、嬰兒は二升と少半。鹽の重は、升に分耗を加えて釜に五十、升に一耗を加えて釜に百、升に十耗を加えて釜に千。君菹薪を伐り、泲水を煑て鹽と為し、正して之を積むこと三萬鍾。陽春に至らば、請う時に籍らん」と。桓公曰く、「何をか時に籍ると謂う」と。管子曰く、「陽春農事方に作る、民をして垣牆を築くを得る毋からしめ、冡墓を繕うを得る毋からしむ。丈夫は宫室を治むるを得る毋く、臺榭を立つるを得る毋し。北海の衆は庸を聚めて鹽を煑るを得る毋し。然らば、鹽の賈は必ず四十倍せん。君四十の賈を以て、河・濟の流を修め、南のかた梁・趙・宋・衛・濮陽に輸す。惡食にして鹽無ければ則ち腫る。守圉の本は、其の鹽を用うること獨り重し。君菹薪を伐り、泲水を煑て以て天下に籍らば、然らば則ち天下は減ぜざらん」と。