管子 / 輕重甲
桓公曰:「皮幹筋角之徴甚重。重籍於民而貴市之皮幹筋角,非為國之數也。」管子對曰:「請以令髙杠柴池,使東西不相睹,南北不相見。」桓公曰:「諾。」行事期年,而皮幹筋角之徵去分,民之藉去分。桓公召管子而問曰:「此何故也?」管子對曰:「杠池平之時,夫妻服簟輕至百里。今髙杠柴池,東西南北不相睹。天酸然雨,十人之力不能上;廣澤遇雨,十人之力不可得而恃。夫舎牛馬之力所無因,牛馬絶罷而相繼死其所者相望,皮幹筋角徒予人而莫之取,牛馬之賈必坐長而百倍。天下聞之,必離其牛馬而歸齊若流。故髙杠柴池,所以致天下之牛馬,而損民之藉也。道若祕云:『物之所生,不若其所聚。』」
新字:桓公曰:「皮幹筋角之徴甚重。重籍於民而貴市之皮幹筋角,非為国之数也。」管子対曰:「請以令高杠柴池,使東西不相睹,南北不相見。」桓公曰:「諾。」行事期年,而皮幹筋角之徴去分,民之藉去分。桓公召管子而問曰:「此何故也?」管子対曰:「杠池平之時,夫妻服簟軽至百里。今高杠柴池,東西南北不相睹。天酸然雨,十人之力不能上;広沢遇雨,十人之力不可得而恃。夫舎牛馬之力所無因,牛馬絶罷而相継死其所者相望,皮幹筋角徒予人而莫之取,牛馬之賈必坐長而百倍。天下聞之,必離其牛馬而帰斉若流。故高杠柴池,所以致天下之牛馬,而損民之藉也。道若秘云:『物之所生,不若其所聚。』」
書き下し
桓公曰く、「皮幹筋角の徴は甚だ重し。重く民に籍りて市の皮幹筋角を貴くするは、國を為むるの數に非ざるなり」と。管子對えて曰く、「請う令を以て杠を髙くし池を柴し、東西相い睹ず、南北相い見えざらしめん」と。桓公曰く、「諾」と。事を行うこと期年にして、皮幹筋角の徵は分を去り、民の藉も分を去る。桓公管子を召して問いて曰く、「此れ何の故ぞや」と。管子對えて曰く、「杠池平らかなるの時、夫妻簟を服して輕く百里に至る。今杠を髙くし池を柴し、東西南北相い睹ず。天酸然として雨ふれば、十人の力も上る能わず。廣澤にして雨に遇えば、十人の力も得て恃むべからず。夫れ牛馬の力を舎きては因る所無し、牛馬絶え罷れて相い繼ぎ其の所に死する者相い望む、皮幹筋角は徒だ人に予えて之を取る莫く、牛馬の賈は必ず坐ながらに長じて百倍す。天下之を聞きて、必ず其の牛馬を離して齊に歸すること流るるが若し。故に杠を髙くし池を柴するは、天下の牛馬を致して、民の藉を損ずる所以なり。道に若し祕あり、云く、『物の生ずる所は、其の聚まる所に若かず』と」と。
現代語訳
桓公が言った。皮や幹や筋や角の取り立てが重すぎる。重く民から取り立てて市の皮や筋や角を高くするのは、国を治める数え方ではない。管子が答えた。令を出して橋を高くし池に柵を立て、東西が見通せず南北が見えないようにしましょう。桓公は、よし、と言った。それを行って一年、皮や幹や筋や角の取り立ては半分になり、民の負担も半分になった。桓公は管子を呼んで問うた。これはなぜか。管子が答えた。橋も池も平らだったころは、夫婦が敷物を背負って軽々と百里を行けました。いま橋を高くし池に柵を立て、東西南北が見通せない。空がすっと曇って雨が降れば、十人の力でも登れない。広い沢で雨に遭えば、十人の力も頼りになりません。牛馬の力を除いては、頼るものがない。牛馬は疲れ果てて次々とその場で倒れ、死ぬのが見渡すかぎり続く。皮も幹も筋も角も、ただでやっても引き取り手がないほど余り、牛馬の値は座ったまま百倍になる。天下がこれを聞けば、必ず牛馬を手放して斉へ流れ込むように来ます。だから橋を高くし池に柵を立てるのは、天下の牛馬を招き寄せ、民の負担を減らすためなのです。道には秘伝があって、こう言います。物の生まれるところは、物の集まるところに及ばない、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『童子問』卷上問ふ、易知易行・万世不易の理の、実に至極為ることは、既に命を聞くことを得たり。然れども心中猶ほ未だ釈然たること能はず。願はくは易く暁りやすきの語を以て、申ねて諭を垂れよと。曰く、人の外に道無く、道の外に人無し。人を以て人の道を行ふ、何の難知難行か之れ有らん。夫れ人の霊を以てすと雖も、然れども羽ある者の翔り、鱗ある者の潜るが若くなること能はざる者は、其の性異なればなり。堯の服を服し、堯の行ひを行ひ、堯の言を誦するに於ては、則ち復た甚だ難き者無し。其の道同じければなり。故に孟子曰く、夫れ道は一のみと。若し夫れ人倫を外にして道を求むる者は、猶ほ風を捕へ影を捉ふるがごとく、必ず得べからざるなり。故に道を知る者は、必ず之を邇きに求む。其の道を以て高しと為し、遠しと為し、企て及ぶべからずと為す者は、皆道の本然に非ず、自ら惑ふの致す所なり。
-
『弁名』理氣人欲包犠氏網罟を為る、蓋し諸を離に取る、神農氏耒耜を為る、蓋し諸を益に取るが如し。易は本と象を取りて器を作るの義有り。故に爾か云ふ。形而上は、器未だ形を成さざる以前、唯だ易の道有るのみを謂ふ。其の形を成すの後に至りて、始めて其の器有り。皆器を制するを主として之を言ふ。下文遂に曰く、「化して之を裁する、之を変と謂ふ。推して之を行ふ、之を通と謂ふ。挙げて之を天下の民に措く、之を事業と謂ふ」と。是れ皆易を賛するの言なり。道器変通事業は、皆易を以て之を言ふのみ。上章に「戸を闔づる之を坤と謂ひ、戸を闢く之を乾と謂ふ。一たび闔ぢ一たび闢く之を変と謂ひ、往来窮まらざる之を通と謂ふ。見はるる乃ち之を象と謂ひ、形はるる乃ち之を器と謂ふ。制して之を用ふる之を法と謂ひ、利用出入して民咸之を用ふる之を神と謂ふ」と曰ふが如きも、是れ又た道器を以て対言せず。其の義以て見るべきのみ。豈に大謬に非ずや。
-
『慎思録』巻之四術者の陋なり。陰陽を指して道と為すは、猶ほ天地を指して道と為し、聖人を指して道と為すがごとし。此れ道の在る所を以て言ふ。其の実、天地陰陽は即ち是れ道の存する所にして、還た是れ道中に在る所の物なり。蓋し道を以て主と為して之を言へば、則ち天地万物は皆是れ道中の物なり。天地万物を以て主と為して之を言へば、則ち道は天地万物の中に在りて、之が主為る者なり。陰陽の如きは、則ち又天地万物の比に非ず。同異離合を以て之を言ふべからず。故に易に陰陽を以て道を言ふは、此を以てなり。
-
『弁名』理氣人欲仁斎先生曰く、「道は行ふ所を以て言ふ、活字なり。理は存する所を以て言ふ、死字なり。聖人は道を見ること実なり、故に其の理を説くや活なり。老氏は道を見ること虚なり、故に其の理を説くや死なり」と。又た曰く、「道は本と活字、其の生生化化の妙を形容する所以なり。理の字の若きは本と死字、玉に従ひ里に従ふ、玉石の文理を謂ふ。以て事物の条理を形容すべくして、以て天地生生化化の妙を形容するに足らず」と。此等の議論、皆痴人の夢を説くが如し。
-
『弁名』道小人の道長ずと曰ひ、戎狄の道と曰ふ者有り。皆其の由る所を以て俗を成し、自ら一道有るに似たり。故に之を言ふ。善人の道と曰ひ、父の道を改むること無しと曰ふ者有り。亦た其の由る所を言ふのみ。必ずしも先王の道ならず。凡そ其の意此を以て道と為して之に由る者なり。是の道や何ぞ以て臧しとするに足らんと曰ふ者有り。詩書礼楽は、皆先王の道なり。故に一言半句と雖も亦た称して道と為すのみ。
-
『慎思録』巻之三聖人の道は、本自ら分明なり。故に夫婦の愚も、以て与り知るべし。本自ら簡易なり。故に夫婦の不肖も、以て能く行ふべし。然れども世に之を知り之を行ふ者鮮きは、何ぞや。蓋し教無く習無きに因るなり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る