管子 / 輕重甲
桓公問管子曰:「夫湯以七十里之薄,兼桀之天下,其故何也?」管子對曰:「桀者,冬不為杠,夏不束柎,以觀凍溺。㢮牝虎充市,以觀其驚駭。至湯而不然,夷競而積粟,饑者食之,寒者衣之,不資者振之,天下歸湯若流水。此桀之所以失其天下也。」桓公曰:「桀使湯得為是,其故何也?」管子曰:「女華者,桀之所愛也,湯事之以千金。曲逆者,桀之所善也,湯事之以千金。内則有女華之隂外則有曲逆之陽,隂陽之議合,而得成其天子。此湯之隂謀也。」
新字:桓公問管子曰:「夫湯以七十里之薄,兼桀之天下,其故何也?」管子対曰:「桀者,冬不為杠,夏不束柎,以観凍溺。㢮牝虎充市,以観其驚駭。至湯而不然,夷競而積粟,饑者食之,寒者衣之,不資者振之,天下帰湯若流水。此桀之所以失其天下也。」桓公曰:「桀使湯得為是,其故何也?」管子曰:「女華者,桀之所愛也,湯事之以千金。曲逆者,桀之所善也,湯事之以千金。内則有女華之陰外則有曲逆之陽,陰陽之議合,而得成其天子。此湯之陰謀也。」
書き下し
桓公管子に問いて曰く、「夫れ湯は七十里の薄を以て、桀の天下を兼ぬ、其の故は何ぞや」と。管子對えて曰く、「桀なる者は、冬に杠を為らず、夏に柎を束ねず、以て凍溺を觀る。牝虎を㢮ちて市に充たし、以て其の驚駭を觀る。湯に至りては然らず、競を夷らげて粟を積み、饑うる者は之を食らわしめ、寒ゆる者は之に衣し、資らざる者は之を振う、天下の湯に歸すること流水の若し。此れ桀の其の天下を失う所以なり」と。桓公曰く、「桀は湯をして是を為すを得しむ、其の故は何ぞや」と。管子曰く、「女華なる者は、桀の愛する所なり、湯之に事うるに千金を以てす。曲逆なる者は、桀の善しとする所なり、湯之に事うるに千金を以てす。内には則ち女華の隂有り、外には則ち曲逆の陽有り、隂陽の議合して、其の天子と成るを得たり。此れ湯の隂謀なり」と。
現代語訳
桓公が管子に問うた。湯は七十里の亳をもって桀の天下を併せた。その理由は何か。管子が答えた。桀は冬に橋を架けず、夏に渡し板を束ねず、人が凍え溺れるのを眺めていた。雌の虎を放って市に満たし、人が驚き怖れるのを眺めていた。湯はそうではなかった。争いをおさめて粟を積み、飢えた者には食べさせ、凍える者には着せ、蓄えのない者は救った。天下が湯に帰することは流れる水のようであった。これが桀が天下を失ったわけです。桓公が言った。桀は湯にそれをさせてしまった。その理由は何か。管子が言った。女華は桀の寵愛する者で、湯は千金をもってこれに仕えた。曲逆は桀の気に入りの者で、湯は千金をもってこれに仕えた。内には女華という陰があり、外には曲逆という陽がある。陰と陽の話が合って、天子となることができた。これが湯のひそかな謀です。
解説
この章句が説くこと
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