管子 / 國準
桓公曰:「五代之王以盡天下數矣,來世之王者可得而聞乎?」管子對曰:「好譏而不亂,亟變而不變。時至則為,過則去。王數不可豫致。此五家之國準也。」
新字:桓公曰:「五代之王以尽天下数矣,来世之王者可得而聞乎?」管子対曰:「好譏而不乱,亟変而不変。時至則為,過則去。王数不可予致。此五家之国準也。」
書き下し
桓公曰く、「五代の王は以て天下の數を盡くせり、來世の王者は得て聞くべきか」と。管子對えて曰く、「譏ることを好みて亂れず、亟しば變じて變ぜず。時至れば則ち為し、過ぐれば則ち去る。王の數は豫め致すべからず。此れ五家の國準なり」と。
現代語訳
桓公が言った。五代の王で天下の数え方は尽くされた。これから先の世の王者について、聞かせてもらえるか。管子が答えた。よく見て批評することを好みながら乱れず、しきりに変えながら本筋は変えない。時が来れば行い、過ぎれば手を引く。王の数え方は、あらかじめ決めておけるものではありません。これが五つの家の国の基準です。
解説
未来の王のやり方を聞かれて、あらかじめ決められない、と答えます。よく見て批評しても乱れず、しきりに変えても本筋は変えない。時が来れば行い、過ぎれば手を引く。国準篇の締めくくりであり、時を見て物差しを立てるという最初の定義に、そのまま戻ってきています。
この章句が説くこと
来世の王者は得て聞くべきか譏ることを好みて乱れず亟しば変じて変ぜず時至れば則ち為し過ぐれば則ち去る王の数は予め致すべからず時変化
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