管子 / 揆度
百乗之國,中而立,市東西南北度五十里。一日定慮,二日定載,三日岀竟,五日而反。百乗之制,輕重毋過五日。百乗為耕田萬頃,為户萬户為開口十萬人,為分者萬人,為輕車百乗,為馬四百匹。千乗之國,中而立市,東西南北度百五十餘里。二日定慮,三日定載,五日出竟,十日而反。千乗之制,輕重毋過一旬。千乗為耕田十萬頃,為户十萬户為開口百萬人,為當分者十萬人,為輕車千乗,為馬四千匹。萬乗之國,中而立市,東西南北度五百里。三日定慮,五日定載,十日出竟,二十日而反。萬乗之制,輕重毋過二旬。萬乗為耕田百萬頃,為户百萬户為開口千萬人,為當分者百萬人,為輕車萬乗,為馬四萬匹。」
新字:百乗之国,中而立,市東西南北度五十里。一日定慮,二日定載,三日岀竟,五日而反。百乗之制,軽重毋過五日。百乗為耕田万頃,為戸万戸為開口十万人,為分者万人,為軽車百乗,為馬四百匹。千乗之国,中而立市,東西南北度百五十余里。二日定慮,三日定載,五日出竟,十日而反。千乗之制,軽重毋過一旬。千乗為耕田十万頃,為戸十万戸為開口百万人,為当分者十万人,為軽車千乗,為馬四千匹。万乗之国,中而立市,東西南北度五百里。三日定慮,五日定載,十日出竟,二十日而反。万乗之制,軽重毋過二旬。万乗為耕田百万頃,為戸百万戸為開口千万人,為当分者百万人,為軽車万乗,為馬四万匹。」
書き下し
百乗の國は、中にして立ち、市は東西南北五十里を度る。一日にして慮りを定め、二日にして載を定め、三日にして竟を出で、五日にして反る。百乗の制は、輕重五日を過ぐる毋かれ。百乗は耕田萬頃と為し、户萬户と為し、開口十萬人と為し、分を為す者萬人と為し、輕車百乗と為し、馬四百匹と為す。千乗の國は、中にして市を立て、東西南北百五十餘里を度る。二日にして慮りを定め、三日にして載を定め、五日にして竟を出で、十日にして反る。千乗の制は、輕重一旬を過ぐる毋かれ。千乗は耕田十萬頃と為し、户十萬户と為し、開口百萬人と為し、分に當たる者十萬人と為し、輕車千乗と為し、馬四千匹と為す。萬乗の國は、中にして市を立て、東西南北五百里を度る。三日にして慮りを定め、五日にして載を定め、十日にして竟を出で、二十日にして反る。萬乗の制は、輕重二旬を過ぐる毋かれ。萬乗は耕田百萬頃と為し、户百萬户と為し、開口千萬人と為し、分に當たる者百萬人と為し、輕車萬乗と為し、馬四萬匹と為す。
現代語訳
百乗の国は真ん中に立ち、市は東西南北五十里の広がりを持つ。一日で考えを決め、二日で荷を積み、三日で国境を出て、五日で戻る。百乗の決まりでは、値の手当てに五日を超えてはならない。百乗は耕地一万頃、戸数一万戸、人口十万人、割り当てにあたる者一万人、軽車百乗、馬四百匹にあたる。千乗の国は真ん中に市を立て、東西南北百五十里あまりの広がりを持つ。二日で考えを決め、三日で荷を積み、五日で国境を出て、十日で戻る。千乗の決まりでは、値の手当てに十日を超えてはならない。千乗は耕地十万頃、戸数十万戸、人口百万人、割り当てにあたる者十万人、軽車千乗、馬四千匹にあたる。万乗の国は真ん中に市を立て、東西南北五百里の広がりを持つ。三日で考えを決め、五日で荷を積み、十日で国境を出て、二十日で戻る。万乗の決まりでは、値の手当てに二十日を超えてはならない。万乗は耕地百万頃、戸数百万戸、人口千万人、割り当てにあたる者百万人、軽車一万乗、馬四万匹にあたる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』國蓄然らば則ち大國は内に欵り小國は用盡く、何を以て此に及ばん。曰く、「百乗の國は、賦を官して軌符す。四時の朝夕に乗じ、之を御するに輕重の準を以てし、然る後に百乗は及ぶべきなり。千乗の國は、天財の殖する所、械器の出づる所、財物の生ずる所を封じ、歳の滿虚を視て其の祿を輕重し、然る後に千乗は足るべきなり。萬乗の國は、歳の滿虚を守り民の緩急に乗じ、其の號令を正して其の大準を御し、然る後に萬乗は資るべきなり」と。
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『管子』乘馬上地は方八十里にして、萬室の國一、千室の都四。中地は方百里にして、萬室の國一、千室の都四。下地は方百二十里にして、萬室の國一、千室の都四。上地の方八十里を以て、下地の方百二十里と、中地の方百里に通ず。
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『管子』乘馬方六里、之を命じて暴と曰い、五暴、之を命じて部と曰い、五部、之を命じて聚と曰う。聚には市有り、市無ければ則ち民乏し。五聚、之を命じて某鄉と曰い、四鄉、之を命じて方と曰う、官制なり。官成りて邑を立つ。五家にして伍、十家にして連、五連にして暴、五暴にして長、之を命じて某鄉と曰い、四鄉、之を命じて都と曰う、邑制なり。邑成りて事を制す。四聚を一離と為し、五離を一制と為し、五制を一田と為し、二田を一夫と為し、三夫を一家と為す、事制なり。事成りて器を制す。方六里を一乘の地と為すなり。一乘なる者は、四馬なり。一馬は、其の甲七、其の蔽五。四乘は、其の甲二十有八、其の蔽二十、白徒三十人車兩を奉ず、器制なり。
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『管子』山權數桓公管子に問いて曰く、「請う國制を問う」と。管子對えて曰く、「國に制無く、地に量有り」と。桓公曰く、「何をか國に制無く、地に量有りと謂う」と。管子對えて曰く、「髙田は十石、間田は五石、庸田は三石、其の餘は皆な諸を荒田に屬す。地の量は百畆にして一夫の力なり。粟の賈は一、粟の賈は十、粟の賈は三十、粟の賈は百。其の流筴に在る者は、百畆にして中千畆の筴に從うなり。然らば則ち百乗は千乗に從い、千乗は萬乗に從うなり。故に地に量無ければ、國に筴無し」と。桓公曰く、「善し」と。「今大國と為らんと欲し、大國は天下と為らんと欲するに、權筴に通ぜざれば、其れ能くする者無からんかな」と。桓公曰く、「今權を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「君廣狹の數に通ずれば、狹を以て廣を畏れず。輕重の數に通ずれば、少を以て多を畏れず。此れ國筴の大なる者なり」と。
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『管子』乘馬方六里は、一乘の地なり。方一里は、九夫の田なり。黄金一鎰は、百乘一宿の盡くす所なり。金無ければ則ち其の絹を用う、季絹三十三、制して一鎰に當つ。絹無ければ則ち其の布を用う、經暴布百兩、一鎰に當つ。一鎰の金、百乘の一宿を食ましむれば、則ち市する所の地は六步一斗、之を命じて中歳と曰う。市有るも、市無きも則ち民乏しからず。方六里、之を名づけて社と曰い、邑有り、之を名づけて央と曰う、亦た關市の賦なり。黄金百鎰を一篋と為し、其の貨一穀籠を十篋と為す。其の商苟くも市に在る者三十人、其の正月・十二月に黄金一鎰、之を命じて正分と曰う。春に書比と曰い、立夏に月程と曰い、秋に大稽と曰い、民數の得亡を與にす。三歳に封を修め、五歳に界を修め、十歳に制を更む、經正なり。
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『管子』乘馬天下馬に乘り牛に服せしめて、之に任ずる輕重に制有り。壹宿の行有りて、道の遠近に數有り。是れ諸侯の地、千乘の國なる者を知るは、地の小大を知る所以なり、任の輕重を知る所以なり。重くして而る後に之を損ずるは、是れ任を知らざるなり。輕くして而る後に之を益すは、是れ器を知らざるなり。任を知らず、器を知らざるは、之を道有りと謂う可からず。