管子 / 乘馬
上地方八十里,萬室之國一,千室之都四。中地方百里,萬室之國一,千室之都四。下地方百二十里,萬室之國一,千室之都四。以上地方八十里,與下地方百二十里,通於中地方百里。
新字:上地方八十里,万室之国一,千室之都四。中地方百里,万室之国一,千室之都四。下地方百二十里,万室之国一,千室之都四。以上地方八十里,与下地方百二十里,通於中地方百里。
書き下し
上地は方八十里にして、萬室の國一、千室の都四。中地は方百里にして、萬室の國一、千室の都四。下地は方百二十里にして、萬室の國一、千室の都四。上地の方八十里を以て、下地の方百二十里と、中地の方百里に通ず。
現代語訳
上等の土地は八十里四方で、一万戸の国が一つ、千戸の都が四つ立つ。中くらいの土地は百里四方で、一万戸の国が一つ、千戸の都が四つ立つ。下等の土地は百二十里四方で、一万戸の国が一つ、千戸の都が四つ立つ。上等の八十里四方と下等の百二十里四方は、中くらいの百里四方に通じて同じとみなす。
解説
土地の良し悪しを、養える人の数で言い直した段です。同じ一万戸を支えるのに、上等なら八十里、中くらいなら百里、下等なら百二十里いる。広さが違っても、養える数がそろえば同じ一単位として通す、と言います。地均の考え方の締めくくりで、面積ではなく養う力で国を数えるという管子の物差しが、ここに出ています。
この章句が説くこと
上地は方八十里にして万室の国一千室の都四中地は方百里にして万室の国一下地は方百二十里にして万室の国一上地の方八十里を以て下地の方百二十里と中地の方百里に通ず土地人口
関連する章句
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『管子』乘馬地の食む可からざる者、山の木無き者は、百にして一に當たる。涸澤は、百にして一に當たる。地の草木無き者は、百にして一に當たる。樊棘雜り處り、民入るを得ざる者は、百にして一に當たる。藪の、鎌の入るを得る者は、九にして一に當たる。蔓山の、其の木以て材と為す可く、以て軸と為す可く、斤斧の入るを得る者は、九にして一に當たる。汎山の、其の木以て棺と為す可く、以て車と為す可く、斤斧の入るを得る者は、十にして一に當たる。流水の、網罟の入るを得る者は、五にして一に當たる。林の、其の木以て棺と為す可く、以て車と為す可く、斤斧の入るを得る者は、五にして一に當たる。澤の、網罟の入るを得る者は、五にして一に當たる。之を命じて地均と曰い、實數を以てす。
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『管子』山至數桓公管子に問いて曰く、「請う幣乗馬を問う」と。管子對えて曰く、「始め夫の三大夫の家を取るに、方六里にして一乗、二十七人にして一乗を奉ず。幣乗馬なる者は、方六里、田の美惡は若干、穀の多寡は若干、榖の貴賤は若干、凡そ方六里に幣を用うること若干、榖の重に幣を用うること若干。故に幣乗馬なる者は、幣を國に布き、幣もて一國陸地の數と為す、之を幣乗馬と謂う」と。
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『管子』揆度百乗の國は、中にして立ち、市は東西南北五十里を度る。一日にして慮りを定め、二日にして載を定め、三日にして竟を出で、五日にして反る。百乗の制は、輕重五日を過ぐる毋かれ。百乗は耕田萬頃と為し、户萬户と為し、開口十萬人と為し、分を為す者萬人と為し、輕車百乗と為し、馬四百匹と為す。千乗の國は、中にして市を立て、東西南北百五十餘里を度る。二日にして慮りを定め、三日にして載を定め、五日にして竟を出で、十日にして反る。千乗の制は、輕重一旬を過ぐる毋かれ。千乗は耕田十萬頃と為し、户十萬户と為し、開口百萬人と為し、分に當たる者十萬人と為し、輕車千乗と為し、馬四千匹と為す。萬乗の國は、中にして市を立て、東西南北五百里を度る。三日にして慮りを定め、五日にして載を定め、十日にして竟を出で、二十日にして反る。萬乗の制は、輕重二旬を過ぐる毋かれ。萬乗は耕田百萬頃と為し、户百萬户と為し、開口千萬人と為し、分に當たる者百萬人と為し、輕車萬乗と為し、馬四萬匹と為す。
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『管子』乘馬方六里、之を命じて暴と曰い、五暴、之を命じて部と曰い、五部、之を命じて聚と曰う。聚には市有り、市無ければ則ち民乏し。五聚、之を命じて某鄉と曰い、四鄉、之を命じて方と曰う、官制なり。官成りて邑を立つ。五家にして伍、十家にして連、五連にして暴、五暴にして長、之を命じて某鄉と曰い、四鄉、之を命じて都と曰う、邑制なり。邑成りて事を制す。四聚を一離と為し、五離を一制と為し、五制を一田と為し、二田を一夫と為し、三夫を一家と為す、事制なり。事成りて器を制す。方六里を一乘の地と為すなり。一乘なる者は、四馬なり。一馬は、其の甲七、其の蔽五。四乘は、其の甲二十有八、其の蔽二十、白徒三十人車兩を奉ず、器制なり。
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『管子』乘馬天下馬に乘り牛に服せしめて、之に任ずる輕重に制有り。壹宿の行有りて、道の遠近に數有り。是れ諸侯の地、千乘の國なる者を知るは、地の小大を知る所以なり、任の輕重を知る所以なり。重くして而る後に之を損ずるは、是れ任を知らざるなり。輕くして而る後に之を益すは、是れ器を知らざるなり。任を知らず、器を知らざるは、之を道有りと謂う可からず。
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『管子』乘馬方六里は、一乘の地なり。方一里は、九夫の田なり。黄金一鎰は、百乘一宿の盡くす所なり。金無ければ則ち其の絹を用う、季絹三十三、制して一鎰に當つ。絹無ければ則ち其の布を用う、經暴布百兩、一鎰に當つ。一鎰の金、百乘の一宿を食ましむれば、則ち市する所の地は六步一斗、之を命じて中歳と曰う。市有るも、市無きも則ち民乏しからず。方六里、之を名づけて社と曰い、邑有り、之を名づけて央と曰う、亦た關市の賦なり。黄金百鎰を一篋と為し、其の貨一穀籠を十篋と為す。其の商苟くも市に在る者三十人、其の正月・十二月に黄金一鎰、之を命じて正分と曰う。春に書比と曰い、立夏に月程と曰い、秋に大稽と曰い、民數の得亡を與にす。三歳に封を修め、五歳に界を修め、十歳に制を更む、經正なり。