管子 / 揆度
管子曰:「善為國者,如金石之相舉,重鈞則金傾,故治權則勢重,治道則勢羸。今榖重於吾國,輕於天下,則諸侯之自泄,如原水之就下。故物重則至,輕則去。有以重至而輕處者。我動而錯之,天下即巳於我矣。物臧則重,發則輕,散則多。幣重則民死利,幣輕則決而不用,故輕重調於數而止。」「五榖者,民之司命也。刀幣者,溝瀆也。號令者,徐疾也。令重於寶,社稷重於親戚。胡謂也?」對曰:「夫城郭抜社稷不血食,無生臣。親沒之後,無死子。此社稷之所重於親戚者也。故有城無人,謂之守平虚有人而無甲兵而無食,謂之與禍居。」
新字:管子曰:「善為国者,如金石之相舉,重鈞則金傾,故治権則勢重,治道則勢羸。今榖重於吾国,軽於天下,則諸侯之自泄,如原水之就下。故物重則至,軽則去。有以重至而軽処者。我動而錯之,天下即巳於我矣。物臧則重,発則軽,散則多。幣重則民死利,幣軽則決而不用,故軽重調於数而止。」「五榖者,民之司命也。刀幣者,溝瀆也。号令者,徐疾也。令重於宝,社稷重於親戚。胡謂也?」対曰:「夫城郭抜社稷不血食,無生臣。親没之後,無死子。此社稷之所重於親戚者也。故有城無人,謂之守平虚有人而無甲兵而無食,謂之与禍居。」
書き下し
管子曰く、「善く國を為むる者は、金石の相い舉ぐるが如し、重さ鈞しければ則ち金傾く、故に權を治むれば則ち勢重く、道を治むれば則ち勢羸し。今榖吾が國に重くして、天下に輕ければ、則ち諸侯の自ら泄るること、原水の下に就くが如し。故に物は重ければ則ち至り、輕ければ則ち去る。重を以て至りて輕く處る者有り。我れ動きて之を錯けば、天下は即ち我に已まん。物は臧すれば則ち重く、發すれば則ち輕く、散ずれば則ち多し。幣重ければ則ち民は利に死し、幣輕ければ則ち決して用いず、故に輕重は數に調いて止む。五榖なる者は、民の司命なり。刀幣なる者は、溝瀆なり。號令なる者は、徐疾なり。令は寶より重く、社稷は親戚より重し。胡をか謂うや」と。對えて曰く、「夫れ城郭抜かれ社稷血食せざれば、生ける臣無し。親沒するの後、死する子無し。此れ社稷の親戚より重き所以なり。故に城有りて人無き、之を守平虚と謂い、人有りて甲兵無く食無き、之を禍と居ると謂う」と。
現代語訳
管子が言った。うまく国を治める者は、金と石を秤にかけるようなものだ。重さが等しければ金のほうが傾く。だから権を整えれば勢いは重くなり、道を整えれば勢いは細くなる。いま穀物が我が国で高く天下で安ければ、諸侯のほうから流れ出してくること、水源の水が低いほうへ流れるようである。だから物は値が高ければやって来て、安ければ去っていく。高いから来て、来てから安くなるものもある。こちらが動いてそれを置けば、天下はこちらで止まる。物は蓄えれば値が上がり、放てば下がり、散らせば多くなる。銭が重ければ民は利のために命を懸け、銭が軽ければ捨てて用いない。だから値の上げ下げは、数のうえで釣り合ったところで止まる。五穀は民の命を握るものである。刀銭や貨幣は水路である。号令は流れの速さである。令は宝より重く、社稷は親族より重い。どういう意味か。答えて言った。城郭が破られ社稷に供え物が絶えれば、生きて残る臣はない。親が亡くなったあと、殉じて死ぬ子もいない。これが社稷が親族より重いゆえんである。だから城があって人がいないのを、空っぽの守りという。人がいても武具も食もないのを、禍と同居しているという。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』山至數君は大夫の委を用いて、以て流れ上に歸す。君は民を用いて、時を以て君に歸す。輕きを藏し、輕きを出だすに重きを以てするは、數なり。則ち彼れ安くんぞ自ら還りて獨り之を委する大夫有らんや。彼の諸侯の榖十にして、吾が國の榖をして二十ならしめば、則ち諸侯の榖は吾が國に歸せん。諸侯の榖二十にして、吾が國の榖十なれば、則ち吾が國の榖は諸侯に歸せん。故に善く天下を為むる者は、謹んで重の流れを守りて、天下も吾より洩らさず。彼の重の相い歸するは、水の下に就くが如し。吾が國の歳凶なるに非ざるも、幣を以て之を藏す、故に國榖は倍重し、故に諸侯の榖至るなり。是れ一分を藏して以て諸侯の一分を致すなり、利は天下に奪われず、大夫は以て富み侈るを得ず。重きを以て輕きを藏し、國に常に十有るは、國の筴なり。故に諸侯は服して正されずとも臣は櫎に從いて以て忠なり。此れ輕重を以て天下を御するの道なり、之を數應と謂う。
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『管子』揆度管子曰く、「人君本を操れば、民は末を操るを得ず。人君始めを操れば、民は卒わりを操るを得ず。其の涂に在る者は、之を衢塞に籍る。其の榖に在る者は、之を春秋に守る。其の萬物に在る者は、貲を立てて行う。故に物動けば則ち之に應ず。故に豫め其の涂を奪えば則ち民に遵る無く、君其の流れを守れば則ち民は其の髙きを失う。故に四方の髙下を守れば、國に游賈無く、貴賤相い當たる、此れを國衡と謂う。利を以て相い守らば、則ち數は君に歸せん」と。
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『管子』輕重乙桓公曰く、「壤數は此に盡くるか」と。管子對えて曰く、「未だし。昔狄諸侯は、畆鍾の國なり、故に粟十鍾にして錙金なり。程諸侯は、山諸侯の國なり、故に粟五釜にして錙金なり。故に狄諸侯は十鍾にして㦸を倳つるを得ず、程諸侯は五釜にして㦸を倳つるを得たり。十倍にして足らず、或いは五分にして餘り有る者は、輕重髙下の數に通ずればなり。國に十歳の蓄え有るも、民の食足らざる者は、皆な其の事業を以て君の祿を望めばなり。君に山海の財有るも、民の用足らざる者は、皆な其の事業を以て上に交接すればなり。故に租籍は、君の宜しく得べき所なり。正籍は、君の彊いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得べき所を廢して、其の彊いて求むる所を斂む、故に下は上を怨みて令行われず。民は、之を奪えば則ち怒り、之に予うれば則ち喜ぶ。民情固より然り。先王は其の然るを知る、故に予うるの所を見わして、奪うの理を見わさず。故に五榖粟米なる者は、民の司命なり。黄金刀布なる者は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制して、以て其の司命を御す、故に民力盡くすべきなり」と。
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『管子』揆度桓公管子に問いて曰く、「輕重の數は惡くにか終わる」と。管子對えて曰く、「四時の更ごも舉がるが若く、終わる所無し。國に患憂有れば、五榖を輕重して以て用を調え、餘りを積み羨を臧して以て賞に備う。天下賔服し、海内を有てば、以て誠信仁義の士を富ます。故に民は辭讓を髙くして、竒怪を為す者無し。彼の輕重なる者は、諸侯服せざれば以て出でて戰い、諸侯賔服すれば以て仁義を行う」と。
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『管子』輕重乙桓公曰く、「本を彊め用を節すれば、以て存を為すべきか」と。管子對えて曰く、「以て益愈と為すべきも、未だ以て存を為すに足らざるなり。昔者紀氏の國、本を彊め用を節する者なるも、其の五榖豐かに滿ちて理むる能わず、四のかた流れて天下に歸す。是くの若くんば、則ち紀氏の其の本を彊め用を節するは、適だ其の民をして榖盡きて理むる能わず、天下の虜と為らしむるに足る、是を以て其の國亡びて身も處る所無し。故に以て益愈たるべきも、以て存を為すに足らず。故に善く國を為むる者は、天下下れば我れ髙く、天下輕ければ我れ重く、天下多ければ我れ寡なし、然る後に以て天下を朝せしむべし」と。
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『管子』揆度桓公曰く、「何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「今天下兵を起こして我に加うれば、民は其の耒耜を棄て、戈を持して外に出づ、然らば則ち國は耕すことを得ず。此れ天の凶に非ざるなり、此れ人の凶なり。君朝に令して夕べに具うるを求むれば、民は其の財物と其の五榖とを肆べて讎と為し、厭きて去る、賈人受けて之を廩す、然らば則ち國財の一分は賈人に在り。師罷みて、民其の事に反り、萬物其の重に反れば、賈人其の財物を出だし、國の少分は賈人に廩せらる。此くの若くんば、則ち幣の重きこと三分、財物の輕重も三分。賈人三分の間に市れば、國の財物は盡く賈人に在りて、君は筴無し。民更ごも相い制して、君は事有る無し。此れ輕重の大準なり」と。