管子 / 揆度
桓公曰:「事名二、正名五而天下治。何謂事名二?」對曰:「天筴,陽也;壤筴,隂也。此謂事名二。」「何謂正名五?」對曰:「權也,衡也,規也,矩也,準也。此謂正名五。其在色者,青、黄、白、黒赤也。其在聲者,宫、商、羽、徴、角也。其在味者,酸、辛、鹹、苦、甘也。二五者,童山竭澤,人君以數制之。人味者,所以守民口也;聲者,所以守民耳也;色者,所以守民目也。人君失二五者亡其國,大夫失二五者亡其勢,民失二五者亡其家。此國之至機也,謂之國機。」
新字:桓公曰:「事名二、正名五而天下治。何謂事名二?」対曰:「天筴,陽也;壤筴,陰也。此謂事名二。」「何謂正名五?」対曰:「権也,衡也,規也,矩也,準也。此謂正名五。其在色者,青、黄、白、黒赤也。其在声者,宮、商、羽、徴、角也。其在味者,酸、辛、鹹、苦、甘也。二五者,童山竭沢,人君以数制之。人味者,所以守民口也;声者,所以守民耳也;色者,所以守民目也。人君失二五者亡其国,大夫失二五者亡其勢,民失二五者亡其家。此国之至機也,謂之国機。」
書き下し
桓公曰く、「事名二・正名五にして天下治まる。何をか事名二と謂う」と。對えて曰く、「天筴は、陽なり。壤筴は、隂なり。此れを事名二と謂う」と。「何をか正名五と謂う」と。對えて曰く、「權なり、衡なり、規なり、矩なり、準なり。此れを正名五と謂う。其の色に在る者は、青・黄・白・黒・赤なり。其の聲に在る者は、宫・商・羽・徴・角なり。其の味に在る者は、酸・辛・鹹・苦・甘なり。二五なる者は、山を童にし澤を竭くす、人君は數を以て之を制す。人の味なる者は、民の口を守る所以なり。聲なる者は、民の耳を守る所以なり。色なる者は、民の目を守る所以なり。人君二五を失えば其の國を亡ぼし、大夫二五を失えば其の勢を亡ぼし、民二五を失えば其の家を亡ぼす。此れ國の至機なり、之を國機と謂う」と。
現代語訳
桓公が言った。事の名が二つ、正しい名が五つで天下は治まるという。事の名が二つとは何か。答えて言った。天の手立ては陽であり、地の手立ては陰である。これを事の名が二つといいます。正しい名が五つとは何か。答えて言った。おもり、はかり、コンパス、さしがね、水準器。これを正しい名が五つといいます。色でいえば青、黄、白、黒、赤。音でいえば宮、商、羽、徴、角。味でいえば酸、辛、鹹、苦、甘。この二つと五つは、山を裸にし沢を涸らすほどのものです。主は数によってこれを制します。味は民の口を守るためのもの、音は民の耳を守るためのもの、色は民の目を守るためのものです。主が二つと五つを失えば国を亡ぼし、大夫が失えば勢いを亡ぼし、民が失えば家を亡ぼす。これが国のいちばんの要であり、これを国の機といいます。
解説
この章句が説くこと
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