管子 / 小問
桓公問治民於管子。管子對曰:「凡牧民者,必知其疾,而憂之以德,勿懼以罪,勿止以力,愼此四者,足以治民也。」桓公曰:「寡人睹其善也,何為其寡也?」管仲對曰:「夫寡非有國者之患也。昔者天子中立,地方千里,四言者該焉,何為其寡也?夫牧民不知其疾,則民疾;不憂以德,則民多怨;懼之以罪,則民多詐;止之以力,則往者不反,來者鷙距。故聖王之牧民也,不在其多也。」
新字:桓公問治民於管子。管子対曰:「凡牧民者,必知其疾,而憂之以徳,勿懼以罪,勿止以力,慎此四者,足以治民也。」桓公曰:「寡人睹其善也,何為其寡也?」管仲対曰:「夫寡非有国者之患也。昔者天子中立,地方千里,四言者該焉,何為其寡也?夫牧民不知其疾,則民疾;不憂以徳,則民多怨;懼之以罪,則民多詐;止之以力,則往者不反,来者鷙距。故聖王之牧民也,不在其多也。」
書き下し
桓公民を治むるを管子に問う。管子對えて曰く、「凡そ民を牧する者は、必ず其の疾を知りて、之を憂うるに德を以てし、懼れしむるに罪を以てする勿かれ、止むるに力を以てする勿かれ。此の四つの者を愼めば、以て民を治むるに足るなり」と。桓公曰く、「寡人其の善きを睹るも、何為れぞ其れ寡なきや」と。管仲對えて曰く、「夫れ寡なきは國を有つ者の患いに非ざるなり。昔者天子中に立ち、地は方千里、四言なる者焉に該ぬ、何為れぞ其れ寡なきや。夫れ民を牧して其の疾を知らざれば、則ち民疾む。憂うるに德を以てせざれば、則ち民怨み多し。之を懼れしむるに罪を以てすれば、則ち民詐り多し。之を止むるに力を以てすれば、則ち往く者は反らず、來たる者は鷙距す。故に聖王の民を牧するや、其の多きに在らざるなり」と。
現代語訳
桓公が民を治めることを管子に問うた。管子が答えた。民を牧する者は、必ずその苦しみを知り、徳によって心を配り、罪でおびえさせず、力で止めないことです。この四つを慎めば、民を治めるに足ります。桓公が言った。私はそれが善いとは思うが、どうしてそれだけしかないのか。管仲が答えた。少ないことは、国を保つ者の患いではありません。昔、天子が中央に立ち、土地は四方千里でしたが、四つの言葉ですべて足りていました。どうして少ないといえましょう。民を牧して苦しみを知らなければ民は病み、徳で心を配らなければ怨みが多くなり、罪でおびえさせれば偽りが多くなり、力で止めれば去る者は戻らず、来る者は身構えます。だから聖王が民を牧するのは、数の多さによるのではありません。
解説
この章句が説くこと
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論語・顔淵篇哀公、有若に問いて曰く、「年饑えて、用足らず。之を如何。」有若対えて曰く、「盍ぞ徹せざる。」曰く、「二すら、吾猶お足らず。之を如何ぞ其れ徹せんや。」対えて曰く、「百姓足らば、君孰と与にか足らざらん。百姓足らずんば、君孰と与にか足らん。」
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孔子家語・六本孔子曰わく、「舟は水に非ざれば、行かず。水舟に入れば、則ち没す。君は民に非ざれば、治まらず。民上を犯せば、則ち傾く。是の故に君子は厳ならざる可からざるなり、小人は整一ならざる可からざるなり。」
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孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
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論語・衛霊公篇子曰く、吾の人に於けるや、誰をか毀り誰をか誉めん。如し誉むる所有らば、其れ試みる所有らん。斯の民や、三代の直道にして行いし所以なり。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼王拱辰、仁宗に言いて曰く、富弼も亦た何の功か之れ有らん。但だ能く金帛の數を添えて夷狄を厚くし、而して中國を□するのみと。仁宗曰く、然らず。朕の愛する所は土宇生民のみ。財物は惜しむ所に非ざるなりと。拱辰曰く、財物は豈に生民より出でざらんやと。仁宗曰く、國家の經費は之を取ること一日の積みに非ず。歳ミ出だして以て夷狄に賜うも、亦た未だ民を困しむるに至らず。若し兵興らば調發の歳出は貲らず。今の緩やかに取るが若きに非ざるなりと。拱辰曰く、敵情厭く無く、好んで中國の隙を窺う。且つ陛下は只だ一女有るのみ。萬一和親を求めんと欲せば、則ち之を如何せんと。仁宗憫然として色を動かして曰く、苟くも社稷に利あらば、朕も亦た何ぞ一女を愛しまんやと。拱辰言塞がり、遽かに曰く、臣は陛下の己を屈して民を愛すること此くの如きを知らざりき。堯舜の主なりと。涕を洒ぎ再拜して去る。
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『新序』雜事第一衛國獻公を逐う。晉の悼公師曠に謂いて曰く、衛人其の君を出だす。亦た甚だしからずや、と。對えて曰く、或いは其の君實に甚だしきなり。夫れ天民を生じて之が君を立て、司りて之を牧せしめ、性を失わしむる無し。良君は將に善を賞して民の患いを除き、民を愛すること子の如く、之を蓋うこと天の如く、之を容るること地の若くならんとす。民其の君を奉ずること、之を愛すること父母の如く、之を仰ぐこと日月の如く、之を敬すること神明の如く、之を畏るること雷霆の若し。夫れ君は神の主なり、而して民の望みなり。天の民を愛すること甚だし。豈に一人をして民の上に肆にし、以て其の淫を縱にして天地の性を棄てしめんや。必ず然らざらん。若し民の性を困しめ、神の祀りを乏しくし、百姓望みを絶ち、社稷主無くんば、將に焉んぞ之を用いんとす。去らずして何ぞ、と。公曰く、善し、と。