管子 / 巨乘馬
「筴乗馬之數求盡也。彼王者不奪民時,故五榖興豐。五榖興豐,則士輕禄,民簡賞。彼善為國者,使農夫寒耕暑耘,力歸於上,女勤於纎微,而織歸於府者,非怨民心,傷民意,髙下之筴,不得不然之理也。」桓公曰:「為之奈何?」管子曰:「虞國得筴乗馬之數矣。」桓公曰:「何謂筴乗馬之數?」管子曰:「百畆之夫予之筴,率二十七日為子之春事,資子之幣。春秋子穀大登,國榖之重去分。謂農夫曰:『幣之在子者,以為穀而廩之州里。』國榖之分在上,國榖之重再十倍。謂逺近之縣,里邑百官,皆當奉器械備。曰:『國無幣,以榖准幣。國榖之櫎,一切什九。』還榖而應榖國器皆資,無藉於民。此有虞之筴乗馬也。」
新字:「筴乗馬之数求尽也。彼王者不奪民時,故五穀興豊。五穀興豊,則士軽禄,民簡賞。彼善為国者,使農夫寒耕暑耘,力帰於上,女勤於繊微,而織帰於府者,非怨民心,傷民意,高下之筴,不得不然之理也。」桓公曰:「為之奈何?」管子曰:「虞国得筴乗馬之数矣。」桓公曰:「何謂筴乗馬之数?」管子曰:「百畆之夫予之筴,率二十七日為子之春事,資子之幣。春秋子穀大登,国穀之重去分。謂農夫曰:『幣之在子者,以為穀而廩之州里。』国穀之分在上,国穀之重再十倍。謂遠近之県,里邑百官,皆当奉器械備。曰:『国無幣,以穀准幣。国穀之櫎,一切什九。』還穀而応穀国器皆資,無藉於民。此有虞之筴乗馬也。」
書き下し
「筴乗馬の數は盡くすを求むるなり。彼の王者は民の時を奪わず、故に五榖興り豐かなり。五榖興り豐かなれば、則ち士は祿を輕んじ、民は賞を簡にす。彼の善く國を為むる者は、農夫をして寒に耕し暑に耘み、力を上に歸せしめ、女をして纖微に勤め、織を府に歸せしむる者は、民心を怨み、民意を傷るに非ず、髙下の筴、然らざるを得ざるの理なり」と。桓公曰く、「之を為すこと奈何」と。管子曰く、「虞國は筴乗馬の數を得たり」と。桓公曰く、「何をか筴乗馬の數と謂う」と。管子曰く、「百畆の夫に之に筴を予え、率ね二十七日を子の春事と為し、子の幣を資く。春秋にして子の穀大いに登れば、國榖の重は分を去る。農夫に謂いて曰く、幣の子に在る者は、以て穀と為して之を州里に廩せよと。國榖の分上に在れば、國榖の重は再び十倍す。逺近の縣、里邑百官に謂いて、皆な當に器械の備えを奉ずべしとす。曰く、國に幣無し、穀を以て幣に准えよ。國榖の櫎は、一切什に九すと。榖を還して穀に應じ、國器皆な資り、民に藉る無し。此れ有虞の筴乗馬なり」と。
現代語訳
乗馬の数え方は、尽くすところまで求めるものである。王者は民の時を奪わない。だから五穀は起こって豊かになる。五穀が豊かになれば、士は禄を軽んじ、民は賞を大ごとにしない。うまく国を治める者が、農夫に寒いうちに耕させ暑いうちに草を取らせ、その力を上に集め、女に細かな仕事に励ませて織物を倉に集めるのは、民の心を怨ませ意を損なうためではない。高い安いをめぐる手立てとして、そうならざるをえない理である。桓公が言った。それをどうするのか。管子が言った。虞の国は乗馬の数え方を得ていました。桓公が言った。乗馬の数え方とは何か。管子が言った。百畝を持つ者に手立てを与え、おおよそ二十七日をその人の春の仕事として、その銭を貸します。春と秋を経て穀物が大いに実れば、国の穀物の値は半分に下がります。農夫に言います。あなたのところにある銭は、穀物にして州や里の倉に納めなさい、と。国の穀物の取り分が上にあれば、穀物の値はふたたび十倍になります。遠近の県や里や邑や百官に、みな器械の備えを差し出すようにと言い、こう告げます。国に銭はない、穀物を銭に見立てよ。国の穀物の相場は、すべて十分の九とする、と。穀物を返して穀物で応じ、国の器はみな整い、民から取り立てることがない。これが有虞の乗馬の数え方です。
解説
この章句が説くこと
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『新論』國體下今夫れ天下米穀の賤くして貨幣の乏しきを患ふ。米穀乃ち賤きに非ざるなり、貨幣乃ち乏しきに非ざるなり、而して百物の甚だ貴きなり。設し斗米の価銀五銭にして、一衣裘も亦五銭ならしめば、則ち斗米以て一衣裘に易ふべし。今木綿の裘と雖も、六七斗を鬻ぐに非ざれば則ち其の直を償ふ能はず。是れ衣裘の貴きにして、穀の賤きに非ざるなり。穀なる者は取りて以て腹に充つるのみ。之を銷すこと限り有り。百物は新を競ひ奇を闘はせ、愈々出でて愈々窮まり無し。乃ち一婦の首飾にして中農一家の産に当たるに至る。銷すこと限り有る者を以てして、愈々出でて窮まり無き者を逐ふ。百物の皆貴き所以にして、米穀の独り賤き所以なり。
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『新論』國體下夫れ天下の米穀未だ嘗て多からざるなり。而して甚だ多きが如き者は、其の勢之をして然らしむるのみ。凡そ物散じて之を各所に蔵すれば、其の数多しと雖も、未だ其の甚だ多きを見ること有らず。聚めて之を一所に陳ぬれば、寡しと雖も亦猶多きがごとし。是れ自然の勢なり。故に一石の米を家に蔵するは、未だ以て多しと為すに足らざるも、万家にして之を鬻ぎ、万石を市に陳ぬれば、未だ嘗て視て以て夥しと為さずんばあらず。而して武士都城に聚処し、終歳の俸を尽くして、以て口腹に奉じ婦女を悦ばしめ、甲兵を繕ひ徒卒を養ふを得ず。故に米穀家に蔵せず、挙げて之を市に鬻ぐ。農民困乏して奢惰なるも、亦歳収を挙げて之を鬻ぐ。鬻ぐ所愈々多ければ、則ち米価愈々賤し。賤しければ則ち其の鬻ぐこと多からざるを得ず。之を鬻ぐこと愈々多くして、直を得ること旧に益さず。是を以て民流亡して地余り有り。地余り有りて租賦減ぜず。其の税其の鬻、一家の産を傾くと雖も、猶且つ足らず。故に之を鬻ぐこと日に多くして、天下の穀日に耗る。天下の穀日に耗りて、都会の穀日に盈つ。都会の盈つるを見れば、則ち天下の虚知るべきなり。
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『新論』國體下且つ夫れ都会も亦多く無用の穀を儲ふる能はず。故に都会の穀と雖も、亦以て都会の人を食はしめて稍余り有るに過ぎざるのみ。其の実は甚だしくは多からざるなり。凡そ盈縮の数、其の実は甚だしくは相遠からずして、其の勢は相霄壌たるが如き者有り。之を啖ひて飽く者に譬ふ。既に腹に充つれば、稍一分を多くすれば、則ち甚だ余り有るが如し。未だ飽くに及ばざれば、一分を少なくすれば、則ち大いに足らざるが如し。是れ其の過不及の差為ること眇少なるのみ。然れども其の足らざる者を取りて、之を余り有る者に比すれば、盈虚の相去ること、大いに相懸たるが如き者は勢なり。故に曰く、天下の穀未だ嘗て多からず、而して都会の穀も亦未だ甚だしくは多からざるなりと。
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『新論』國體下古者百事簡易にして、四民勤動し、其の営求する所の者は、功を通じ事を易ふるに過ぎず。之を生ずること甚だ広くして、用途甚だ狭し。朝廷漸く奢靡を尚ぶに及び、国家の用を貶して、以て婦女の玩好に供し、異化の徒横肆して、天下の財を傾けて、以て堂宇を造り、天下の穀を糜して、以て浮冗を食はしむ。藤氏権を専らにして、権勢の家、私儲を営み私人を蓄へ、荘園天下に遍く、其の正税を出だして以て王事に供する者幾ばくも無し。而して権勢の私人、所謂守護地頭なる者、又財穀を私儲して富厚世を累ね、国郡に拠有して、天下の富遂に武人に移る。然れども兵なる者は民社を鎮むる所以なり。天下の武士各々私卒を養ふ、亦未だ冗食と為さず。故に古者天下乱ると雖も、而も未だ甚だしくは貧に苦しまざるなり。今天下治平にして、上下皇皇として、唯だ貧を是れ患ふる者は何ぞや。天下の財を理むること其の道を得ざればなり。
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『新論』國體下夫れ武人土を離るれば、其の勢多く卒を養ふを得ず。故に間民を市井に雇ひて、以て騶従に充て工役に供す。間民都城に充斥し、緩急用ゐるべからずして、坐して粱肉に飽く。其の冗為るや大なり。天下の仏寺殆ど五十万、僧尼及び奴隷を通計すれば、其の幾百万なるを知らず。(唐の傅奕高祖に上書して言ふ、僧尼をして匹配せしめば、即ち十余万戸と云云。武宗仏寺を廃し、其の上都及び東都は二寺を留め、節鎮は各々一寺を留め、寺四千六百余区、招提蘭若四万余区を毀ち、僧尼の帰俗する者二十六万五百人、良田数千万頃、奴婢十五万人を収む。之に拠れば則ち唐国の土地の大にして、其の仏寺の多き、神州の十分の一に及ばず。然るに時人尚ほ以て夥しと為す。則ち神州の仏寺も亦盛んなりと謂ふべし。)
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『新論』國體下凡そ天下の物偏重有れば、則ち其の軽からざる者も亦猶軽きがごとし。故に百物の偏重にして、貨幣の偏軽、百物の偏貴にして、米穀の偏賤なる、是れ其の勢の尤も見易き者なり。而して武士都会に聚処し、終歳用ゐる所、一毫と雖も市に資らざるを得ず。愈々賤き穀を以て、愈々軽き金に易へ、愈々軽き金を以て、愈々貴き物を償ふ。其の費固より給せず。而して其の養ふ所の倍卒も、亦皆奢侈に習ひ、養ふに薄俸を以てすべからず。陪卒を罷めて歳々奴隷を買ふ。(俚語に所謂年季なる者是れなり。)奴隷も亦奢り、亦多く之を畜ふを得ず。故に時に臨みて之を市井に傭ふ。市井も亦奢り、雇銭日に貴く、亦其の給し難きを患ふ。而して其の居家の冗費、妻妾の奉、玩好の用、日に一日より厚く、終歳の入、出づる所を償はず。富人に就きて乞貸し、習ひて以て俗を成す。邦を有ち土を有つと雖も、亦富民に仰給せざる莫し。豪姦大猾、貨財の権を操り、王公を股掌の上に愚弄す。是に於てか天下の富遂に市人に帰す。

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