管子 / 版法解
治國有三器,亂國有六攻。明君能勝六攻而立三器,則國治;不肖之君不能勝六攻而立三器,故國不治。三器者何也?曰:號令也,斧鉞也,禄賞也。六攻者何也?親也,貴也,貨也,色也,巧佞也,玩好也。三器之用何也?曰:非號令無以使下,非斧鉞無以畏衆,非禄賞無以勸民。六攻之敗何也?曰:雖不聽而可以得存,雖犯禁而可以得免,雖無功而可以得富。夫國有不聽而可以得存者,則號令不足以使下。有犯禁而可以得免者,則斧鉞不足以畏衆。有無功而可以得富者,則禄賞不足以勸民。號令不足以使下,斧鉞不足以畏衆,禄賞不足以勸民,則人君無以自守也。然則明君奈何?明君不為六者變更號令,不為六者疑錯斧鉞,不為六者損益禄賞。故曰:「植固而不動,竒邪乃恐。竒革邪化,令往民移。」
新字:治国有三器,乱国有六攻。明君能勝六攻而立三器,則国治;不肖之君不能勝六攻而立三器,故国不治。三器者何也?曰:号令也,斧鉞也,禄賞也。六攻者何也?親也,貴也,貨也,色也,巧佞也,玩好也。三器之用何也?曰:非号令無以使下,非斧鉞無以畏衆,非禄賞無以勧民。六攻之敗何也?曰:雖不聴而可以得存,雖犯禁而可以得免,雖無功而可以得富。夫国有不聴而可以得存者,則号令不足以使下。有犯禁而可以得免者,則斧鉞不足以畏衆。有無功而可以得富者,則禄賞不足以勧民。号令不足以使下,斧鉞不足以畏衆,禄賞不足以勧民,則人君無以自守也。然則明君奈何?明君不為六者変更号令,不為六者疑錯斧鉞,不為六者損益禄賞。故曰:「植固而不動,奇邪乃恐。奇革邪化,令往民移。」
書き下し
國を治むるに三器有り、國を亂すに六攻有り。明君は能く六攻に勝ちて三器を立つれば、則ち國治まる。不肖の君は六攻に勝ちて三器を立つる能わず、故に國治まらず。三器なる者は何ぞや。曰く、號令なり、斧鉞なり、禄賞なり。六攻なる者は何ぞや。親なり、貴なり、貨なり、色なり、巧佞なり、玩好なり。三器の用は何ぞや。曰く、號令に非ざれば以て下を使う無く、斧鉞に非ざれば以て衆を畏れしむる無く、禄賞に非ざれば以て民を勸むる無し。六攻の敗は何ぞや。曰く、聽かずと雖も以て存するを得可く、禁を犯すと雖も以て免るるを得可く、功無しと雖も以て富むを得可し。夫れ國に聽かずして以て存するを得る者有れば、則ち號令以て下を使うに足らず。禁を犯して以て免るるを得る者有れば、則ち斧鉞以て衆を畏れしむるに足らず。功無くして以て富むを得る者有れば、則ち禄賞以て民を勸むるに足らず。號令以て下を使うに足らず、斧鉞以て衆を畏れしむるに足らず、禄賞以て民を勸むるに足らざれば、則ち人君以て自ら守る無きなり。然らば則ち明君奈何。明君は六者の為に號令を變更せず、六者の為に斧鉞を疑錯せず、六者の為に禄賞を損益せず。故に曰く、「植固くして動かざれば、竒邪乃ち恐る。竒革まり邪化し、令往きて民移る」と。
現代語訳
国を治めるのに三つの器があり、国を乱すのに六つの攻めがある。明主は六つの攻めに勝って三つの器を立てられる。だから国は治まる。愚かな君は六つの攻めに勝って三つの器を立てられない。だから国は治まらない。三つの器とは何か。号令と、斧鉞と、禄と賞である。六つの攻めとは何か。近しさ、貴さ、財貨、色、巧みなへつらい、玩び好むものである。三つの器の使い道は何か。号令でなければ下を使えず、斧鉞でなければ人々を畏れさせられず、禄と賞でなければ民を励ませない。六つの攻めによる敗れ方は何か。聴かなくても生き残れ、禁を犯しても免れられ、功がなくても富める、ということである。国に、聴かなくても生き残れる者がいれば、号令は下を使うに足りない。禁を犯しても免れられる者がいれば、斧鉞は人々を畏れさせるに足りない。功がなくても富める者がいれば、禄と賞は民を励ますに足りない。号令が下を使うに足りず、斧鉞が畏れさせるに足りず、禄と賞が励ますに足りなければ、主は自分を守るすべがない。では明主はどうするか。明主は六つのために号令を変えず、六つのために斧鉞をためらわず、六つのために禄と賞を増減しない。だから、立てたものが固くて動かなければ、奇をてらう者もよこしまな者も恐れる。奇は改まり邪は変わり、令が行けば民が動く、という。
解説
この章句が説くこと
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