管子 / 版法解
冬既閉藏,百事盡止,往事畢登,來事未起。方冬無事,慎觀終始,審察事理。事有先易而後難者,有始不足見而終不可及者,此常利之所以不舉,事之所以困者也。事之先易者,人輕行之。人輕行之,則必困難成之事。始不足見者,人輕棄之。人輕棄之,則必失不可及之功。夫數困難成之事,而時失不可及之功,衰耗之道也。是故明君審察事理,慎觀終始,為必知其所成,成必知其所用,用必知其所利害。為而不知所成,成而不知所用,用而不知所利害,謂之妄舉。妄舉者,其事不成,其功不立。故曰:「舉所美必觀其所終,廢所惡必計其所窮。」凡人君者,欲民之有禮義也。夫民無禮義,則上下亂而貴賤爭。故曰:「慶勉敦敬以顯之,富禄有功以勸之,爵貴有名以休之。」
新字:冬既閉蔵,百事尽止,往事畢登,来事未起。方冬無事,慎観終始,審察事理。事有先易而後難者,有始不足見而終不可及者,此常利之所以不舉,事之所以困者也。事之先易者,人軽行之。人軽行之,則必困難成之事。始不足見者,人軽棄之。人軽棄之,則必失不可及之功。夫数困難成之事,而時失不可及之功,衰耗之道也。是故明君審察事理,慎観終始,為必知其所成,成必知其所用,用必知其所利害。為而不知所成,成而不知所用,用而不知所利害,謂之妄舉。妄舉者,其事不成,其功不立。故曰:「舉所美必観其所終,廃所悪必計其所窮。」凡人君者,欲民之有礼義也。夫民無礼義,則上下乱而貴賤争。故曰:「慶勉敦敬以顕之,富禄有功以勧之,爵貴有名以休之。」
書き下し
冬既に閉藏すれば、百事盡く止み、往事畢く登り、來事未だ起こらず。方に冬にして事無く、慎みて終始を觀、事理を審察す。事に先は易くして後に難き者有り、始めは見わすに足らずして終わりは及ぶ可からざる者有り、此れ常利の舉がらざる所以にして、事の困しむ所以の者なり。事の先の易き者は、人輕がるしく之を行う。人輕がるしく之を行えば、則ち必ず成し難きの事に困しむ。始め見わすに足らざる者は、人輕がるしく之を弃つ。人輕がるしく之を弃つれば、則ち必ず及ぶ可からざるの功を失う。夫れ數々成し難きの事に困しみて、時に及ぶ可からざるの功を失うは、衰耗の道なり。是の故に明君は事理を審察し、慎みて終始を觀、為さば必ず其の成る所を知り、成らば必ず其の用うる所を知り、用うれば必ず其の利害する所を知る。為して成る所を知らず、成りて用うる所を知らず、用いて利害する所を知らざる、之を妄舉と謂う。妄舉なる者は、其の事成らず、其の功立たず。故に曰く、「美とする所を舉ぐるには必ず其の終わる所を觀、惡む所を廢するには必ず其の窮まる所を計れ」と。凡そ人君なる者は、民の禮義有らんことを欲す。夫れ民に禮義無ければ、則ち上下亂れて貴賤爭う。故に曰く、「慶勉敦敬して以て之を顯し、有功を富祿して以て之を勸め、有名を爵貴して以て之を休す」と。
現代語訳
冬に閉じて蔵まれば、あらゆる事は止まり、過ぎた事はすべて記され、これからの事はまだ起こらない。冬で事がないとき、慎んで始めと終わりを見、事の筋をはっきり調べる。事には先はたやすくて後で難しくなるものがあり、はじめは見せるほどでもないのに終わりには追いつけなくなるものがある。これが、いつもの利が挙がらない理由であり、事が行き詰まる理由である。先がたやすい事は、人が軽々しく手をつける。軽々しく手をつければ、必ず成しがたい事で行き詰まる。はじめ見せるほどでもないものは、人が軽々しく捨てる。軽々しく捨てれば、必ず追いつけないほどの功を失う。たびたび成しがたい事で行き詰まり、そのつど追いつけない功を失うのは、衰えすり減る道である。だから明君は事の筋をはっきり調べ、慎んで始めと終わりを見て、やるなら必ず何が成るかを知り、成るなら必ず何に使うかを知り、使うなら必ず何が利で何が害かを知る。やって何が成るか知らず、成って何に使うか知らず、使って利害を知らないのを、でたらめな企てという。でたらめな企ては、事が成らず功も立たない。だから、よいと思うものを挙げるときは必ずその終わりを見、憎むものを廃するときは必ずその行き着く先を計れ、という。主は民に礼と義があってほしいと願う。民に礼と義がなければ、上下は乱れ貴賤は争う。だから、努め敬う者を励まして目立たせ、功ある者を富ませ禄を与えて勧め、名ある者に爵を与えて貴くし、休ませる、という。
解説
この章句が説くこと
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『管子』版法美とする所を舉ぐるには必ず其の終わる所を觀、惡む所を廢するには必ず其の窮まる所を計る。慶勉敦敬して以て之を顯し、有功を富禄して以て之を勸め、有名を爵貴して以て之を休んず。兼ね愛して遺す無き、是を君と謂う。心必ず先ず教に順えば、萬民風に鄉う。旦暮に之を利すれば、衆乃ち任に勝う。人を取るに己を以てし、事を成すに質を以てす。財を用うるを審らかにし、施報を慎み、稱量を察す。故に財を用うるに嗇なる可からず、力を用うるに苦しむ可からず。財を用うるに嗇なれば則ち費え、力を用うるに苦しめば則ち勞る。民足らざれば、令乃ち辱めらる。民苦しみ殃わば、令行われず。施報得ざれば、禍乃ち始めて昌んなり。禍昌んにして寤めざれば、民乃ち自ら圖る
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『管子』禁藏襍篇四。禁は胷脅の内に藏まりて、禍は萬里の外に避く。能く此を以て彼を制する者は、唯だ能く己を以て人を知る者なり。夫れ冬日の濫せざるは、冰を愛しむに非ざるなり。夏日の煬らざるは、火を愛しむに非ざるなり、身に適せず體に便ならざるが為なり。夫れ明王の宫室を美にせざるは、小を喜ぶに非ざるなり。鐘鼔を聽かざるは、樂を惡むに非ざるなり、其の本事を傷り教に妨ぐるが為なり。故に先ず己に愼みて後に彼にし、官も亦た内に愼みて後に外にし、民も亦た本に務めて末を去る。民を其の樂しむ所に居らしめ、之を其の利する所に事とせしめ、之を其の善とする所に賞し、之を其の惡む所に罰し、之を其の餘財有る所に信じ、之を其の誅無き所に功とす。下に誅無き者は、必ず誅する者なり。誅有る者は、必ずしも誅せざる者なり。刑有るを以て刑無きに至る者は、其の法易くして民全し。刑無きを以て刑有るに至る者は、其の刑煩わしくして姦多し。
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『管子』侈靡方ならざるの政は、以て國を為む可からず。曲静の言は、以て道と為す可からず。時を政に節すれば、時と往くなり。動かざるを以て道と為し、齊しきを以て行と為す。世を避くるの道は、以て進取す可からず。陽なる者は謀を進め、幾なる者は感に應ず。再びして殺げば則ち齊し、然る後に運らす、請う可きなり。對えて曰く、「夫れ謀を運らす者は、天地の虚滿なり。合離なり、春秋冬夏の勝つなり。然る後に强弱の尤とする所を知る有り、然る後に諸侯に應じて交を取る。故に安危を知るは、國の存する所なり。時を以て天に事え、天を以て神に事え、神を以て鬼に事う。故に國罪無くして君壽く、而して民智を殺がず、謀を運らして刃を櫜に雜う。其の滿は感と為り、其の虚は亡と為る。滿虚の合は、時有りて實と為り、時ありて動と為る。地陽時に貸し、其の冬厚ければ則ち夏熱く、其の陽厚ければ則ち隂寒し。是の故に王者は日至に謹む。故に虚滿の在る所を知りて以て政令を為し、已に殺生し、其の合して未だ散ぜざるは、以て事を決す可し。將に合わんとするは以て禺す可く、其の行に隨いて以て兵と為す。其の多少を分かちて、以て曲政と為す」と。
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『管子』七主七臣故に春の政禁ぜざれば、則ち百長生ぜず。夏の政禁ぜざれば、則ち五榖成らず。秋の政禁ぜざれば、則ち姦邪勝たれず。冬の政禁ぜざれば、則ち地氣藏まらず。四者俱に犯さば、則ち隂陽和せず、風雨時ならず、大水州を漂わし邑を流し、大風屋を漂わし樹を折り、火暴かに焚き、地草を燋き、天冬に雷し、地冬に霆す。草木夏に落ちて秋に榮え、蟄蟲藏まらず、死すべき者生き、蟄すべき者鳴き、苴に螣蟇多く、山に蟲多く、六畜蕃らず、民多く夭死し、國貧しく法亂れ、逆氣下に生ず。故に曰く、臺榭相望む者は、亡國の廡なり。馳車國に充つる者は、寇を追うの馬なり。羽劒珠飾なる者は、生を斬るの斧なり。文采纂組なる者は、功を燔くの窑なりと。明王は其の然るを知る、故に逺ざけて近づけざるなり。能く此を去りて彼を取れば、則ち人主の道備わる。
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『管子』版法解治の本は二つ。一に曰く人、二に曰く事。人は必ず用いんことを欲し、事は必ず工ならんことを欲す。人に逆順有り、事に稱量有り。人心逆なれば則ち人用いられず、事稱量を失えば則ち事工ならず。事工ならざれば則ち傷り、人用いられざれば則ち怨む。故に曰く、「人を取るに己を以てし、事を成すに質を以てす」と。事を成すに質を以てするとは、稱量を用うるなり。人を取るに己を以てするとは、恕を度りて行うなり。恕を度るとは、之を己に度るなり。己の安んぜざる所は、人に施す勿し。故に曰く、「財を用うるを審らかにし、施報を慎み、稱量を察せよ」と。故に財を用うるに嗇なる可からず、力を用うるに苦しむ可からず。財を用うるに嗇なれば則ち費え、力を用うるに苦しめば則ち勞す。奚を以て其の然るを知るや。力を用うるに苦しめば則ち事工ならず、事工ならずして數々之を復す、故に勞すと曰う。財を用うるに嗇なれば則ち人心に當たらず、人心に當たらざれば則ち怨起こる。財を用いて怨を生ず、故に費うと曰う。怨起こりて復た反らず、衆勞して息うを得ざれば、則ち必ず崩阤堵壞の心有り。故に曰く、「民足らざれば、令乃ち辱めらる。民苦殃すれば、令行われず。施報得ざれば、禍乃ち始めて昌なり。禍昌にして悟らざれば、民乃ち自ら圖る」と。
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『管子』形勢解明主の事を舉ぐるや、聖人の慮を任じ、衆人の力を用いて、自ら與らず、故に事成りて福生ず。亂主は自ら智とするも、聖人の慮に因らず。矜り奮いて自ら功とするも、衆人の力に因らず。專ら己を用いて正諫を聽かず、故に事敗れて禍生ず。故に曰く、「伐矜好專は、事を舉ぐるの禍なり」と。馬なる者は、乘りて以て野を行く所なり、故に野を行かずと雖も、其の馬を養い食ましむるや、未だ嘗て解惰せざるなり。民なる者は、以て守戰する所なり、故に守戰せずと雖も、其の民を治め養うや、未だ嘗て解惰せざるなり。故に曰く、「其の野を行かざるも、其の馬を違えず」と。天は四時を生じ、地は萬財を生じ、以て萬物を養いて取る無し。明主は天地に配する者なり、民に教うるに時を以てし、之を勸むるに耕織を以てし、以て民の養いを厚くして、其の功を伐らず、其の利を私せず。故に曰く、「能く予えて取る無き者は、天地の配なり」と。