管子 / 形勢解
明主之舉事也,任聖人之慮,用衆人之力,而不自與焉,故事成而福生。亂主自智也,而不因聖人之慮;矜奮自功,而不因衆人之力;專用巳而不聽正諫,故事敗而禍生。故曰:「伐矜好專,舉事之禍也。」馬者,所乘以行野也,故雖不行於野,其養食馬也,未嘗解惰也。民者,所以守戰也,故雖不守戰,其治養民也,未嘗解惰也。故曰:「不行其野,不違其馬。」天生四時,地生萬財,以養萬物而無取焉。明主配天地者也,教民以時,勸之以耕織,以厚民養,而不伐其功,不私其利。故曰:「能予而無取者,天地之配也。」
新字:明主之舉事也,任聖人之慮,用衆人之力,而不自与焉,故事成而福生。乱主自智也,而不因聖人之慮;矜奮自功,而不因衆人之力;専用巳而不聴正諫,故事敗而禍生。故曰:「伐矜好専,舉事之禍也。」馬者,所乗以行野也,故雖不行於野,其養食馬也,未嘗解惰也。民者,所以守戦也,故雖不守戦,其治養民也,未嘗解惰也。故曰:「不行其野,不違其馬。」天生四時,地生万財,以養万物而無取焉。明主配天地者也,教民以時,勧之以耕織,以厚民養,而不伐其功,不私其利。故曰:「能予而無取者,天地之配也。」
書き下し
明主の事を舉ぐるや、聖人の慮を任じ、衆人の力を用いて、自ら與らず、故に事成りて福生ず。亂主は自ら智とするも、聖人の慮に因らず。矜り奮いて自ら功とするも、衆人の力に因らず。專ら己を用いて正諫を聽かず、故に事敗れて禍生ず。故に曰く、「伐矜好專は、事を舉ぐるの禍なり」と。馬なる者は、乘りて以て野を行く所なり、故に野を行かずと雖も、其の馬を養い食ましむるや、未だ嘗て解惰せざるなり。民なる者は、以て守戰する所なり、故に守戰せずと雖も、其の民を治め養うや、未だ嘗て解惰せざるなり。故に曰く、「其の野を行かざるも、其の馬を違えず」と。天は四時を生じ、地は萬財を生じ、以て萬物を養いて取る無し。明主は天地に配する者なり、民に教うるに時を以てし、之を勸むるに耕織を以てし、以て民の養いを厚くして、其の功を伐らず、其の利を私せず。故に曰く、「能く予えて取る無き者は、天地の配なり」と。
現代語訳
明主が事を起こすときは、聖人の思いはかりに任せ、多くの人の力を用いて、自分では手を出さない。だから事は成って福が生まれる。乱れた主は自分を智だと思って聖人の思いはかりによらず、誇り勇んで自分の功だとして多くの人の力によらず、もっぱら自分の判断で動いてまっすぐな諫めを聴かない。だから事は敗れて禍が生まれる。だから、誇り驕ってもっぱら自分でやるのは、事を起こすうえでの禍である、という。馬は乗って野を行くためのものである。だから野を行かないときでも、馬を養い食べさせるのを怠らない。民は守り戦うためのものである。だから守り戦っていないときでも、民を治め養うのを怠らない。だから、野を行かなくても馬を欠かさない、という。天は四季を生み、地は万の財を生み、それで万物を養いながら何も取らない。明主は天地に並ぶ者である。民に時を教え、耕しと織りを勧め、民の養いを厚くして、その功を誇らず、その利を私しない。だから、与えて取らない者は天地に並ぶ、という。
解説
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