管子 / 形勢解
日月,昭察萬物者也。天多雲氣,蔽蓋者衆,則日月不明。人主猶日月也,羣臣多姦立私以擁蔽主,則主不得昭察其臣下,臣下之情不得上通,故姦邪日多而人主愈蔽。故曰:「日月不明,天不易也。」山,物之髙者也,地險穢不平易,則山不得見。人主猶山也,左右多黨比周以壅其主,則主不得見。故曰:「山髙而不見,地不易也。」人主出言,不逆於民心,不悖於理義,其所言足以安天下者也,人唯恐其不復言也。出言而離父子之親,疏君臣之道,害天下之衆,此言之不可復者也,故明主不言也。故曰:「言而不可復者,君不言也。」
新字:日月,昭察万物者也。天多雲気,蔽蓋者衆,則日月不明。人主猶日月也,羣臣多姦立私以擁蔽主,則主不得昭察其臣下,臣下之情不得上通,故姦邪日多而人主愈蔽。故曰:「日月不明,天不易也。」山,物之高者也,地険穢不平易,則山不得見。人主猶山也,左右多党比周以壅其主,則主不得見。故曰:「山高而不見,地不易也。」人主出言,不逆於民心,不悖於理義,其所言足以安天下者也,人唯恐其不復言也。出言而離父子之親,疏君臣之道,害天下之衆,此言之不可復者也,故明主不言也。故曰:「言而不可復者,君不言也。」
書き下し
日月は、萬物を昭察する者なり。天に雲氣多く、蔽い蓋う者衆ければ、則ち日月明らかならず。人主は猶お日月のごときなり、羣臣に姦多く私を立てて以て其の主を擁蔽すれば、則ち主は其の臣下を昭察するを得ず、臣下の情上に通ずるを得ず、故に姦邪日に多くして人主愈々蔽わる。故に曰く、「日月明らかならざるは、天易わらざるなり」と。山は、物の髙き者なり、地險穢にして平易ならざれば、則ち山見わるるを得ず。人主は猶お山のごときなり、左右に黨比周する多くして以て其の主を壅げば、則ち主見わるるを得ず。故に曰く、「山髙くして見えざるは、地易わらざるなり」と。人主言を出だし、民心に逆らわず、理義に悖らず、其の言う所以て天下を安んずるに足る者は、人唯だ其の復た言わざるを恐るるなり。言を出だして父子の親を離し、君臣の道を疏くし、天下の衆を害するは、此れ言の復た可からざる者なり、故に明主は言わざるなり。故に曰く、「言いて復た可からざる者は、君言わざるなり」と。
現代語訳
日と月は万物を照らし見るものである。天に雲が多く、覆い隠すものが多ければ、日も月も明るくない。主も日月のようである。群臣によこしまが多く、私を立てて主を覆い隠せば、主は臣下を照らし見ることができず、臣下の実情も上に通じない。だからよこしまは日ごとに増え、主はますます覆われる。だから、日月が明るくないのは、天が変わったのではない、という。山は物のなかで高いものである。地が険しく荒れて平らでなければ、山は見えない。主も山のようである。側近に徒党を組む者が多くて主を塞げば、主は見えなくなる。だから、山が高いのに見えないのは、地が変わったのではない、という。主が言葉を出して、民の心に逆らわず、理と義に外れず、その言葉が天下を安んじるに足るものであれば、人はただ、もう言ってくれないのではないかと恐れる。言葉を出して父子の親しみを裂き、君臣の道を疎くし、天下の人を害するのは、二度と繰り返せない言葉である。だから明主は言わない。だから、繰り返せない言葉は、君は言わない、という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』昭公元年 言を以て物を知る三月、甲辰、盟ふ。楚の公子圍服を設け衛を離ぬ。叔孫穆子曰く、「楚の公子美なり、君なるかな」と。鄭の子皮曰く、「二執戈の者前めり」と。蔡の子家曰く、「蒲宮に前有り、亦た可ならずや」と。楚の伯州犁曰く、「此の行や、辭して之を寡君に假れり」と。鄭の行人揮曰く、「假りて反さざらん」と。伯州犁曰く、「子姑く子皙の背誕せんと欲するを憂へよ」と。子羽曰く、「當璧猶ほ在り。假りて反さずとも、子其れ憂ひ無からんや」と。齊の國子曰く、「吾二子に代りて愍ふ」と。陳の公子招曰く、「憂へずんば何ぞ成らん。二子樂しめり」と。衛の齊子曰く、「苟くも或いは之を知らば、憂ふと雖も何ぞ害あらん」と。宋の合左師曰く、「大國令し、小國共す。吾共するを知るのみ」と。晉の樂王鮒曰く、「小旻の卒章善し。吾之に從はん」と。會より退く。子羽子皮に謂ひて曰く、「叔孫は絞にして婉、宋の左師は簡にして禮、樂王鮒は字しみて敬す。子と子家とは之を持す。皆保世の主なり。齊・衛・陳の大夫は、其れ免れざらんか。國子は人に代りて憂ひ、子招は憂ひを樂しみ、齊子は憂ふと雖も害せずとす。夫れ及ばずして憂ふると、憂ふべくして樂しむと、憂へて害せずとするとは、皆憂ひを取るの道なり。憂ひ必ず之に及ばん。大誓に曰く、『民の欲する所は、天必ず之に從ふ』と。三大夫憂ひを兆す、能く至ること無からんや。言以て物を知るとは、其れ是の謂なり」と。
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