管子 / 形勢解
人主務學術數,務行正理,則變化日進,至於大功,而愚人不知也。亂主淫佚邪枉,日為無道,至於滅亡而不自知也。故曰:「莫知其為之,其功旣成。莫知其舍之也,藏之而無形。」古者三王五霸皆人主之利天下者也,故身貴顯而子孫被其澤。桀、紂、幽、厲,皆人主之害天下者也,故身困傷而子孫蒙其禍。故曰:「疑今者察之古,不知來者視之往。」神農教耕生榖以致民利。禹身決瀆,斬髙橋下,以致民利。湯、武征伐無道,誅殺暴亂,以致民利。故明主之動作雖異,其利民同也。故曰:「萬事之任也,異起而同歸,古今一也。」
新字:人主務学術数,務行正理,則変化日進,至於大功,而愚人不知也。乱主淫佚邪枉,日為無道,至於滅亡而不自知也。故曰:「莫知其為之,其功旣成。莫知其舎之也,蔵之而無形。」古者三王五覇皆人主之利天下者也,故身貴顕而子孫被其沢。桀、紂、幽、厲,皆人主之害天下者也,故身困傷而子孫蒙其禍。故曰:「疑今者察之古,不知来者視之往。」神農教耕生榖以致民利。禹身決瀆,斬高橋下,以致民利。湯、武征伐無道,誅殺暴乱,以致民利。故明主之動作雖異,其利民同也。故曰:「万事之任也,異起而同帰,古今一也。」
書き下し
人主術數を學ぶに務め、正理を行うに務むれば、則ち變化日に進み、大功に至るも、愚人は知らざるなり。亂主は淫佚邪枉にして、日に無道を為し、滅亡に至るも自ら知らざるなり。故に曰く、「其の之を為すを知る莫くして、其の功既に成る。其の之を舍つるを知る莫くして、之を藏して形無し」と。古者三王五霸は皆な人主の天下を利する者なり、故に身貴顯にして子孫其の澤を被る。桀・紂・幽・厲は、皆な人主の天下を害する者なり、故に身困傷して子孫其の禍を蒙る。故に曰く、「今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る」と。神農は耕を教え榖を生じて以て民の利を致す。禹は身ら瀆を決し、髙きを斬り下きに橋して以て民の利を致す。湯・武は無道を征伐し、暴亂を誅殺して以て民の利を致す。故に明主の動作は異なりと雖も、其の民を利するは同じきなり。故に曰く、「萬事の任は、起こるを異にして歸を同じくす、古今一なり」と。
現代語訳
主が術と数を学ぶことに務め、正しい理を行うことに務めれば、変わりようは日ごとに進み、大きな功に至っても、愚かな人には分からない。乱れた主はみだらに偏り、日ごとに道のないことを行い、滅びに至っても自分では気づかない。だから、それをやっているのを誰も知らないのに功はすでに成り、それを手放したのを誰も知らないのに蔵まって形がない、という。昔の三王五覇はみな、主として天下を利した者である。だから身は貴く輝き、子孫はその恵みを受けた。桀と紂と幽王と厲王はみな、主として天下を害した者である。だから身は苦しみ傷つき、子孫はその禍を受けた。だから、いまを疑う者は昔に照らし、これからが分からない者は過ぎたことを見る、という。神農は耕すことを教え穀物を生んで民の利をもたらした。禹は自分で水路を切り開き、高いところを削り低いところに橋を架けて民の利をもたらした。湯と武は道なき者を討ち、乱暴を誅して民の利をもたらした。だから明主のやることは違っても、民を利する点では同じである。だから、万事の務めは、起こりを異にして帰るところを同じくする、昔も今も一つである、という。
解説
この章句が説くこと
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『管子』形勢今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る。萬事の生ずるや、趣を異にして歸を同じくす、古今一なり。生棟屋を覆すも、怨怒及ばず。弱子瓦を下ろせば、慈母箠を操る。天道の極まりは、遠き者も自ら親しみ、人事の起こりは、近く親しきが怨みを造る。萬物の人に於けるや、私に近づくこと無く、私に遠ざかること無し、巧なる者は餘り有り、而して拙なる者は足らず。其の功天に順う者は天之を助け、其の功天に逆らう者は天之に違う。天の助くる所は、小なりと雖も必ず大に、天の違う所は成ると雖も必ず敗る。天に順う者は其の功を有ち、天に逆らう者は其の凶を懷き、復た振う可からざるなり。
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『管子』法法今誣能の臣を以て、私國の君に事えて、能く功名を濟す者は、古今之れ無し。誣能の人は知り易きなり。臣之を先王に度るに、舜の天下を有つや、禹は司空為り、契は司徒為り、皋陶は李為り、后稷は田為り。此の四士なる者は、天下の賢人なり、猶お尚お一德を精にして、以て其の君に事う。今誣能の人、服事任官するに、皆な四賢の能を兼ぬ。此より之を觀れば、功名の立たざるも、亦た知り易きなり。故に列尊く禄重ければ、以て受けざる無きなり。勢利あり官大なれば、以て從わざる無きなり。此を以て君に事うる、此れ所謂能を誣い利を簒うの臣なる者なり。世に公國の君無ければ、則ち直進の士無し。能を論ずるの主無ければ、則ち成功の臣無し。昔者三代の相授くるや、安んぞ二天下を得て之を殺さんや。民を貧しくし財を傷るは、兵より大なるは莫し。國を危うくし主を憂えしむるは、兵より速やかなるは莫し。此の四患なる者明らかなり、古今之を能く廢する莫し。兵當に廢すべくして廢せざれば、則ち古今の惑なり。此の二つの者廢せずして之を廢せんと欲すれば、則ち亦た惑なり。此の二つの者國を傷ること一なり。黄帝・唐・虞は、帝の隆んなるなり、資に天下を有ち、制は一人に在り、此の時に當たるや、兵廢せず。今德三帝に及ばず、天下順わずして、兵を廢せんことを求む、亦た難からずや。故に明君は擅にする所を知り、患う所を知る。國治まりて民積むに務む、此れ所謂擅にするなり。動と靜とは、此れ患う所なり。是の故に明君は其の擅にする所を審らかにし、以て其の患う所に備う。
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『管子』形勢解明主の事を舉ぐるや、聖人の慮を任じ、衆人の力を用いて、自ら與らず、故に事成りて福生ず。亂主は自ら智とするも、聖人の慮に因らず。矜り奮いて自ら功とするも、衆人の力に因らず。專ら己を用いて正諫を聽かず、故に事敗れて禍生ず。故に曰く、「伐矜好專は、事を舉ぐるの禍なり」と。馬なる者は、乘りて以て野を行く所なり、故に野を行かずと雖も、其の馬を養い食ましむるや、未だ嘗て解惰せざるなり。民なる者は、以て守戰する所なり、故に守戰せずと雖も、其の民を治め養うや、未だ嘗て解惰せざるなり。故に曰く、「其の野を行かざるも、其の馬を違えず」と。天は四時を生じ、地は萬財を生じ、以て萬物を養いて取る無し。明主は天地に配する者なり、民に教うるに時を以てし、之を勸むるに耕織を以てし、以て民の養いを厚くして、其の功を伐らず、其の利を私せず。故に曰く、「能く予えて取る無き者は、天地の配なり」と。
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『管子』形勢解明主は上は天に逆らわず、下は地を壙しくせず、故に天之に時を予え、地之に財を生ず。亂主は上は天道に逆らい、下は地理を絶つ、故に天は時を予えず、地は財を生ぜず。故に曰く、「其の功天に順う者は天之を助け、其の功天に逆らう者は天之に違う」と。古者武王は、天の助くる所なり、故に地小にして民少なしと雖も、猶お之れ天子と為るなり。桀・紂は、天の違う所なり、故に地大に民衆しと雖も、猶お之れ困辱して死亡するなり。故に曰く、「天の助くる所は、小なりと雖も必ず大なり。天の違う所は、大なりと雖も必ず削らる」と。人と交わるに、詐偽多く、情實無く、偷かに一切を取る、之を烏集の交わりと謂う。烏集の交わりは、初め相驩ぶと雖も、後には必ず相咄る。故に曰く、「烏集の交わりは、善しと雖も親しまず」と。
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『管子』版法解凡そ人君の尊安なる所以の者は、賢佐なり。佐賢なれば則ち君尊く、國安く、民治まる。佐無ければ則ち君卑しく、國危うく、民亂る。故に曰く、「備長は賢に任ずるに存す」と。凡そ人なる者は、利を欲して害を惡まざるは莫し。是の故に天下と利を同じくする者は、天下之を持し、天下の利を擅にする者は、天下之を謀る。天下の謀る所は、立つと雖も必ず隳る。天下の持する所は、髙しと雖も危うからず。故に曰く、「安髙は利を同じくするに在り」と。凡そ所謂能く利せざる所を以て人を利する者は、舜是れなり。舜は歴山に耕し、河濵に陶し、雷澤に漁して、其の利を取らず、以て百姓に教う、百姓舉げて之を利とす。此れ所謂能く利せざる所を以て人を利する者なり。所謂能く有たざる所を以て人に予うる者は、武王是れなり。武王紂を伐つに、士卒往く者に、人ごとに書社有り。殷に入るの日、鉅橋の粟を决し、鹿臺の錢を散じ、殷民大いに説ぶ。此れ所謂能く有たざる所を以て人に予うる者なり。
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『管子』形勢上に事無ければ則ち民自ら試み、蜀を抱きて言わずして廟堂既に脩まる。鴻鵠鏘鏘たり、唯だ民之を歌う。濟濟たる多士、殷民之に化す。紂の失するや、飛蓬の問賓とする所に在らず、燕雀の集まるも、道行きて顧みず。犧牷圭璧も以て鬼神を饗するに足らず、主の功素有らば、寶幣奚をか為さん。羿の道は射に非ざるなり、造父の術は馭に非ざるなり、奚仲の巧は斵削に非ざるなり。遠きを召く者は為すこと無からしめ、近きを親しむ者は言うこと事無し、唯だ夜行く者のみ獨り有るなり。