管子 / 形勢
上無事則民自試,抱蜀不言而廟堂既脩。鴻鵠鏘鏘,唯民歌之。濟濟多士,殷民化之。紂之失也,飛蓬之問不在所賓;燕雀之集,道行不顧。犧牷圭璧不足以饗鬼神,主功有素,寳幣奚為!羿之道非射也,造父之術非馭也,奚仲之巧非斵削也。召逺者使無為焉,親近者言無事焉,唯夜行者獨有也。
新字:上無事則民自試,抱蜀不言而廟堂既脩。鴻鵠鏘鏘,唯民歌之。済済多士,殷民化之。紂之失也,飛蓬之問不在所賓;燕雀之集,道行不顧。犠牷圭璧不足以饗鬼神,主功有素,寳幣奚為!羿之道非射也,造父之術非馭也,奚仲之巧非斵削也。召遠者使無為焉,親近者言無事焉,唯夜行者独有也。
書き下し
上に事無ければ則ち民自ら試み、蜀を抱きて言わずして廟堂既に脩まる。鴻鵠鏘鏘たり、唯だ民之を歌う。濟濟たる多士、殷民之に化す。紂の失するや、飛蓬の問賓とする所に在らず、燕雀の集まるも、道行きて顧みず。犧牷圭璧も以て鬼神を饗するに足らず、主の功素有らば、寶幣奚をか為さん。羿の道は射に非ざるなり、造父の術は馭に非ざるなり、奚仲の巧は斵削に非ざるなり。遠きを召く者は為すこと無からしめ、近きを親しむ者は言うこと事無し、唯だ夜行く者のみ獨り有るなり。
現代語訳
上が余計なことをしなければ民は自分から試みる。守るものを抱いて口をきかずにいても、朝廷はおのずと治まる。大鳥が声高く鳴けば、民はそれを歌にする。すぐれた士が多く集まれば、殷の民はそれに感化された。紂が失敗したのは、風に舞う蓬のような問いを持ってきた者を賓客としなかったからであり、燕や雀のような小者が集まっても、道を行く者はふり返らなかったからである。いけにえや玉では鬼神をもてなすに足りない。主君の功にもともとの実質があるなら、宝や幣帛が何になろう。羿の道は弓を射ることそのものではなく、造父の術は馬を御することそのものではなく、奚仲の巧みさは木を削ることそのものではない。遠くの者を招く者はことさら何もせず、近くの者と親しむ者は言葉数が少ない。ただ夜のうちに人知れず行く者だけが、それを持っている。
解説
この章句が説くこと
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