管子 / 形勢解
風,漂物者也。風之所漂,不避貴賤美惡。雨,濡物者也。雨之所墮,不避大小强弱。風雨至公而無私,所行無常鄉,人雖遇漂濡而莫之怨也。故曰:「風雨無鄉而怨怒不及也。」人主之所以令則行、禁則止者,必令於民之所好,而禁於民之所惡也。民之情,莫不欲生而惡死,莫不欲利而惡害。故上令於生利人則令行,禁於殺害人則禁止。令之所以行者,必民樂其政也,而令乃行。故曰:「貴有以行令也。」
新字:風,漂物者也。風之所漂,不避貴賤美悪。雨,濡物者也。雨之所堕,不避大小强弱。風雨至公而無私,所行無常鄉,人雖遇漂濡而莫之怨也。故曰:「風雨無鄉而怨怒不及也。」人主之所以令則行、禁則止者,必令於民之所好,而禁於民之所悪也。民之情,莫不欲生而悪死,莫不欲利而悪害。故上令於生利人則令行,禁於殺害人則禁止。令之所以行者,必民楽其政也,而令乃行。故曰:「貴有以行令也。」
書き下し
風は、物を漂わす者なり。風の漂わす所は、貴賤美惡を避けず。雨は、物を濡らす者なり。雨の墮つる所は、大小强弱を避けず。風雨は至公にして私無く、行く所に常鄉無し。人漂濡に遇うと雖も之を怨む莫きなり。故に曰く、「風雨は鄉無くして怨怒及ばざるなり」と。人主の令すれば則ち行われ、禁ずれば則ち止む所以の者は、必ず民の好む所に令して、民の惡む所に禁ずればなり。民の情、生を欲して死を惡まざるは莫く、利を欲して害を惡まざるは莫し。故に上人を生かし利するに令すれば則ち令行われ、人を殺し害するに禁ずれば則ち禁止まる。令の行わるる所以の者は、必ず民其の政を樂しみて、令乃ち行わる。故に曰く、「貴は以て令を行う有るなり」と。
現代語訳
風は物を吹き流すものである。風が吹き流すところでは、貴いも賤しいも美しいも醜いも避けない。雨は物を濡らすものである。雨が落ちるところでは、大きいも小さいも強いも弱いも避けない。風雨は至って公で私がなく、行くところに決まった向きがない。人は吹かれ濡らされても、それを怨まない。だから、風雨は決まった向きがなく怨みや怒りが及ばない、という。主が令すれば行われ、禁じれば止まるのは、必ず民の好むところに令し、民の憎むところに禁じているからである。人の情として、生きたくて死を憎まない者はなく、利を望んで害を憎まない者はない。だから上が人を生かし利するように令すれば令は行われ、人を殺し害することを禁じれば禁は守られる。令が行われるのは、必ず民がその政を楽しんでいるからで、そこで令が行われる。だから、貴い者には令を行うすべがある、という。
解説
この章句が説くこと
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