管子 / 地員
下土曰五猶。五猶之狀如糞。其種大華、細華,白莖黒秀。蓄殖果木,不如三土以十分之五。猶土之次曰五𢎞五𢎞之狀如䑕肝。其種青梁,黒莖黒秀。蓄殖果木,不如三土以十分之五。𢎞土之次曰五殖。五殖之狀,甚澤以疏,離坼以臞塉。其種鴈膳黒實,朱跗黄實。蓄殖果木,不如三土以十分之六。五殖之次曰五觳。五觳之狀,婁婁然,不忍水旱。其種大菽、細菽,多白實。蓄殖果木,不如三土以十分之六。
新字:下土曰五猶。五猶之状如糞。其種大華、細華,白茎黒秀。蓄殖果木,不如三土以十分之五。猶土之次曰五弘五弘之状如鼠肝。其種青梁,黒茎黒秀。蓄殖果木,不如三土以十分之五。弘土之次曰五殖。五殖之状,甚沢以疏,離坼以臞塉。其種鴈膳黒実,朱跗黄実。蓄殖果木,不如三土以十分之六。五殖之次曰五觳。五觳之状,婁婁然,不忍水旱。其種大菽、細菽,多白実。蓄殖果木,不如三土以十分之六。
書き下し
下土を五猶と曰う。五猶の狀は糞の如し。其の種は大華・細華、白莖黒秀なり。果木を蓄殖するに、三土に如かざること十分の五を以てす。猶土の次は五𢎞と曰う。五𢎞の狀は䑕肝の如し。其の種は青梁、黒莖黒秀なり。果木を蓄殖するに、三土に如かざること十分の五を以てす。𢎞土の次は五殖と曰う。五殖の狀は、甚だ澤にして以て疏、離坼して以て臞塉なり。其の種は鴈膳の黒實、朱跗の黄實なり。果木を蓄殖するに、三土に如かざること十分の六を以てす。五殖の次は五觳と曰う。五觳の狀は、婁婁然として、水旱に忍びず。其の種は大菽・細菽、白實多し。果木を蓄殖するに、三土に如かざること十分の六を以てす。
現代語訳
下の土を五猶という。五猶のありさまは糞のようである。その種は大華も細華も、白い茎に黒い穂である。果樹を蓄え育てるには、上の三つの土に十分の五だけ及ばない。猶土の次を五𢎞という。五𢎞のありさまは鼠の肝のようである。その種は青梁で、黒い茎に黒い穂である。果樹では十分の五だけ及ばない。𢎞土の次を五殖という。五殖のありさまは、ひどく水気があって粗く、割れ目が入ってやせている。その種は鴈膳の黒い実、朱跗の黄色い実である。果樹では十分の六だけ及ばない。五殖の次を五觳という。五觳のありさまは、ぼろぼろと崩れやすく、水にも旱にも耐えない。その種は大菽も細菽も、白い実が多い。果樹では十分の六だけ及ばない。
解説
この章句が説くこと
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