管子 / 地員
髙陵土山二十施,百四十尺而至於泉。山之上命之曰縣泉,其地不乾,其草如茅與走,其木乃樠,鑿之二尺乃至於泉。山之上命曰復吕,其草魚膓與蕕,其木乃柳,鑿之三尺而至於泉。山之上命之曰泉英,其草蘄白昌,其木乃楊,鑿之五尺而至於泉。山之材,其草兢與薔,其木乃格,鑿之二七十四尺而至於泉。山之側,其草葍與蔞,其木乃品榆,鑿之三七二十一尺而至於泉。
新字:高陵土山二十施,百四十尺而至於泉。山之上命之曰県泉,其地不乾,其草如茅与走,其木乃樠,鑿之二尺乃至於泉。山之上命曰復呂,其草魚膓与蕕,其木乃柳,鑿之三尺而至於泉。山之上命之曰泉英,其草蘄白昌,其木乃楊,鑿之五尺而至於泉。山之材,其草兢与薔,其木乃格,鑿之二七十四尺而至於泉。山之側,其草葍与蔞,其木乃品榆,鑿之三七二十一尺而至於泉。
書き下し
髙陵の土山は二十施、百四十尺にして泉に至る。山の上、之を命じて縣泉と曰う。其の地乾かず、其の草は茅と走との如く、其の木は乃ち樠なり。之を鑿つこと二尺にして乃ち泉に至る。山の上、命じて復吕と曰う。其の草は魚膓と蕕、其の木は乃ち柳なり。之を鑿つこと三尺にして泉に至る。山の上、之を命じて泉英と曰う。其の草は蘄と白昌、其の木は乃ち楊なり。之を鑿つこと五尺にして泉に至る。山の材は、其の草は兢と薔、其の木は乃ち格なり。之を鑿つこと二七十四尺にして泉に至る。山の側は、其の草は葍と蔞、其の木は乃ち品榆なり。之を鑿つこと三七二十一尺にして泉に至る。
現代語訳
高い丘の土山は二十施で、百四十尺掘れば泉に至る。山の上で、これを県泉と名づけるところがある。その地は乾かず、草は茅や走のようで、木は樠である。二尺掘れば泉に至る。山の上で、復吕と名づけるところがある。草は魚腸と蕕、木は柳である。三尺掘れば泉に至る。山の上で、泉英と名づけるところがある。草は蘄と白昌、木は楊である。五尺掘れば泉に至る。山の中腹では、草は兢と薔、木は格である。二かける七で十四尺掘れば泉に至る。山の側面では、草は葍と蔞、木は品楡である。三かける七で二十一尺掘れば泉に至る。
解説
この章句が説くこと
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