管子 / 地員
墳延者六施,六七四十二尺而至於泉。陜之芳七施,七七四十九尺而至於泉。祀陜八施,七八五十六尺而至於泉。杜陵九施,七九六十三尺而至於泉。延陵十施,七十尺而至於泉。環陵十一施,七十七尺而至於泉。蔓山十二施,八十四尺而至於泉。付山十三施,九十一尺而至於泉。付山白徒十四施,九十八尺而至於泉。中陵十五施,百五尺而至於泉。青山十六施,百一十二尺而至於泉。青龍之所居,庚泥不可得泉。赤壤山十七施,百一十九尺而至於泉。其下清商,不可得泉。山白壤十八施,百二十六尺而至於泉。其下駢石,不可得泉。徙山十九施,百三十三尺而至於泉。其下有灰壤,不可得泉。
新字:墳延者六施,六七四十二尺而至於泉。陜之芳七施,七七四十九尺而至於泉。祀陜八施,七八五十六尺而至於泉。杜陵九施,七九六十三尺而至於泉。延陵十施,七十尺而至於泉。環陵十一施,七十七尺而至於泉。蔓山十二施,八十四尺而至於泉。付山十三施,九十一尺而至於泉。付山白徒十四施,九十八尺而至於泉。中陵十五施,百五尺而至於泉。青山十六施,百一十二尺而至於泉。青竜之所居,庚泥不可得泉。赤壤山十七施,百一十九尺而至於泉。其下清商,不可得泉。山白壤十八施,百二十六尺而至於泉。其下駢石,不可得泉。徙山十九施,百三十三尺而至於泉。其下有灰壤,不可得泉。
書き下し
墳延なる者は六施、六七四十二尺にして泉に至る。陜の芳は七施、七七四十九尺にして泉に至る。祀陜は八施、七八五十六尺にして泉に至る。杜陵は九施、七九六十三尺にして泉に至る。延陵は十施、七十尺にして泉に至る。環陵は十一施、七十七尺にして泉に至る。蔓山は十二施、八十四尺にして泉に至る。付山は十三施、九十一尺にして泉に至る。付山の白徒は十四施、九十八尺にして泉に至る。中陵は十五施、百五尺にして泉に至る。青山は十六施、百一十二尺にして泉に至る。青龍の居る所は、庚泥にして泉を得可からず。赤壤山は十七施、百一十九尺にして泉に至る。其の下は清商にして、泉を得可からず。山の白壤は十八施、百二十六尺にして泉に至る。其の下は駢石にして、泉を得可からず。徙山は十九施、百三十三尺にして泉に至る。其の下に灰壤有りて、泉を得可からず。
現代語訳
墳延は六施で、六かける七で四十二尺掘れば泉に至る。陜の芳は七施で、七かける七で四十九尺。祀陜は八施で五十六尺。杜陵は九施で六十三尺。延陵は十施で七十尺。環陵は十一施で七十七尺。蔓山は十二施で八十四尺。付山は十三施で九十一尺。付山の白徒は十四施で九十八尺。中陵は十五施で百五尺。青山は十六施で百十二尺で泉に至る。青龍のいるところは、庚の泥で泉を得られない。赤壌山は十七施で百十九尺。ただしその下は清商で、泉を得られない。山の白壌は十八施で百二十六尺。その下は石が並んでいて、泉を得られない。徙山は十九施で百三十三尺。その下に灰の土があって、泉を得られない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』地員襍篇九。夫れ管仲の天下を匡すや、其の施は七尺、瀆田悉く徙り、五種宜しからざる無し。其の后を立てて手ずから實つるに、其の木は蚖菕と杜松とに宜しく、其の草は楚棘に宜し。是の土を見れば、之を命じて五施と曰う。五七三十五尺にして泉に至る。呼ぶ音は角に中たり、其の水は倉く、其の民は彊し。赤壚は、歴かに彊く肥え、五種宜しからざる無し。其の麻は白く、其の布は黄なり。其の草は白茅と雚とに宜しく、其の木は赤棠に宜し。是の土を見れば、之を命じて四施と曰う。四七二十八尺にして泉に至る。呼ぶ音は商に中たり、其の水は白くして甘く、其の民は壽し。