管子 / 地員
凢聽徴,如負猪豕,覺而駭。凡聽羽,如鳴馬在野。凡聽宫,如牛鳴窌中。凡聽商,如離羣羊。凡聽角,如雉登木以鳴,音疾以清。凡將起五音,凡首,先主一而三之,四開以合九九,以是生黃鍾小素之首以成宫。三分而益之以一,為百有八,為徴。不無有,三分而去其乘,適足以是生商。有三分而復於其所,以是成羽。有三分去其乘,適足以是成角。
新字:凢聴徴,如負猪豕,覚而駭。凡聴羽,如鳴馬在野。凡聴宫,如牛鳴窌中。凡聴商,如離羣羊。凡聴角,如雉登木以鳴,音疾以清。凡将起五音,凡首,先主一而三之,四開以合九九,以是生黄鍾小素之首以成宫。三分而益之以一,為百有八,為徴。不無有,三分而去其乗,適足以是生商。有三分而復於其所,以是成羽。有三分去其乗,適足以是成角。
書き下し
凡そ徴を聽くは、猪豕を負うが如く、覺めて駭く。凡そ羽を聽くは、馬の野に在りて鳴くが如し。凡そ宫を聽くは、牛の窌中に鳴くが如し。凡そ商を聽くは、羣を離るる羊の如し。凡そ角を聽くは、雉の木に登りて以て鳴くが如く、音疾くして以て清し。凡そ將に五音を起こさんとするに、凡そ首は、先ず一を主として之を三にし、四たび開きて以て九九に合わせ、是を以て黃鍾小素の首を生じて以て宫を成す。三分して之に益すに一を以てすれば、百有八と為り、徴と為る。有ること無く、三分して其の乘を去れば、適ま足りて是を以て商を生ず。三分有りて其の所に復すれば、是を以て羽を成す。三分有りて其の乘を去れば、適ま足りて是を以て角を成す。
現代語訳
徴を聴くのは、猪を背負っていて、目が覚めて驚くようである。羽を聴くのは、馬が野で鳴くようである。宮を聴くのは、牛が穴蔵で鳴くようである。商を聴くのは、群れを離れた羊のようである。角を聴くのは、雉が木に登って鳴くようで、音が速くて清い。五つの音を起こそうとするとき、はじめはまず一をもとにして三倍し、四度開いて九かける九に合わせ、それによって黄鐘小素のはじめを生んで宮とする。三つに分けて一つを足せば百八となり、これが徴となる。そこから三つに分けてその一つを去れば、ちょうど足りて商が生まれる。三つに分けてもとのところへ戻せば、羽ができる。三つに分けてその一つを去れば、ちょうど足りて角ができる。
解説
この章句が説くこと
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説苑・修文凡そ音は、人心に生ずる者なり、情中に動きて聲に形る、聲文を成す之を音と謂う。是の故に治世の音は安んじて以て樂しく、其の政和す。亂世の音は怨みて以て怒り、其の政乖く。亡國の音は哀しみて以て思い、其の民困しむ。聲音の道は、政と通ずるなり。宮は君と為り、商は臣と為り、角は民と為り、徵は事と為り、羽は物と為る。五音亂るれば則ち法無し。法無きの音は、宮亂るれば則ち荒れ、其の君驕る。商亂るれば則ち陂き、其の官壞る。角亂るれば則ち憂い、其の民怨む。徵亂るれば則ち哀しみ、其の事勤す。羽亂るれば則ち危うく、其の財匱し。五者皆亂るれば、代相淩ぐ、之を慢と謂う。此くの如くなれば則ち國の滅亡日無し。鄭・衛の音は、亂世の音なり、慢に比す。桑間・濮上の音は、亡國の音なり、其の政散じ、其の民流れ、上を誣いて私を行いて止むべからず。
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『淮南子』天文訓道を規と曰う。一に始まる。一にして生ぜず。故に分かれて陰陽と為り、陰陽合和して萬物生ず。故に曰く、一は二を生じ、二は三を生じ、三は萬物を生ず、と。天地は三月にして一時と為す。故に祭祀は三飯して以て禮と為し、喪紀は三踊して以て節と為し、兵は三罕を重んじて以て制と為す。三を以て物を參し、三三は九の如し。故に黃鐘の律は九寸にして宮音調う。因りて之を九すれば、九九八十一。故に黃鐘の數立つ。黃なる者は、土德の色なり。鐘なる者は、氣の種うる所なり。日冬至に德氣は土と為り、土の色は黃なり。故に黃鐘と曰う。律の數は六、分かれて雌雄と為る。故に十二鐘と曰い、以て十二月に副う。十二は各ミ三を以て成る。故に一を置きて十一たび、之を三すれば、積分十七萬七千一百四十七と為り、黃鐘の大數立つ。凡そ十二律、黃鐘を宮と為し、太蔟を商と為し、姑洗を角と為し、林鐘を徵と為し、南呂を羽と為す。物は三を以て成り、音は五を以て立つ。三と五とは八の如し。故に卵生の者は八竅なり。律の初めて生ずるや、鳳の音を寫す。故に音は八を以て生ず。黃鐘を宮と為す。宮なる者は、音の君なり。故に黃鐘は子に位し、其の數は八十一、十一月を主り、下りて林鐘を生ず。林鐘の數は五十四、六月を主り、上りて太蔟を生ず。太蔟の數は七十二、正月を主り、下りて南呂を生ず。南呂の數は四十八、八月を主り、上りて姑洗を生ず。姑洗の數は六十四、三月を主り、下りて應鐘を生ず。應鐘の數は四十二、十月を主り、上りて蕤賓を生ず。蕤賓の數は五十七、五月を主り、上りて大呂を生ず。大呂の數は七十六、十二月を主り、下りて夷則を生ず。夷則の數は五十一、七月を主り、上りて夾鐘を生ず。夾鐘の數は六十八、二月を主り、下りて無射を生ず。無射の數は四十五、九月を主り、上りて仲呂を生ず。仲呂の數は六十、四月を主り、極まりて生ぜず。徵は宮を生じ、宮は商を生じ、商は羽を生じ、羽は角を生じ、角は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生ず。正音に比するが故に和と為す。應鐘は蕤賓を生ずるも、正音に比せず。故に繆と為す。日冬至には、音は林鐘に比し、浸ミ以て濁る。日夏至には、音は黃鐘に比し、浸ミ以て清む。十二律を以て二十四時の變に應ず。甲子は、仲呂の徵なり。丙子は、夾鐘の羽なり。戊子は、黃鐘の宮なり。庚子は、無射の商なり。壬子は、夷則の角なり。
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六韜・五音武王 太公に問ひて曰く、「律音の声、以て三軍の消息、勝負の決を知るべきか」と。太公曰く、「深き哉、王の問ひや。夫れ律管は十二、其の要は五音あり。宮・商・角・徴・羽、此れ其の正声にして、万代 易はらず。五行の神は、道の常なり、以て敵を知るべし。金・木・水・火・土、各々其の勝つ所を以て之を攻む。古者、三皇の世、虚無の情もて以て剛彊を制す。文字あること無く、皆な五行に由る。五行の道は、天地の自然なり。六甲の分は、微妙の神なり。其の法は、天 清浄にして陰雲風雨なきを以て、夜半に軽騎を遣はし、往きて敵人の塁に至り、去ること九百歩の外にて、偏く律管を持して耳に当て、大呼して之を驚かす。声ありて管に応ずれば、其の来たること甚だ微かなり。角の声 管に応ずれば、当に白虎を以てすべし。徴の声 管に応ずれば、当に玄武を以てすべし。商の声 管に応ずれば、当に朱雀を以てすべし。羽の声 管に応ずれば、当に勾陳を以てすべし。五管の声 尽く応ぜざる者は、宮なり、当に青龍を以てすべし。此れ五行の符、勝ちを佐くるの徴、成敗の機なり」と。武王曰く、「善き哉」と。太公曰く、「微妙の音は、皆な外候あり」と。武王曰く、「何を以て之を知らん」と。太公曰く、「敵人 驚動すれば、則ち之を聴く。枹鼓の音を聞く者は、角なり。火光を見る者は、徴なり。金鉄矛戟の音を聞く者は、商なり。人の嘯呼の音を聞く者は、羽なり。寂寞として聞くこと無き者は、宮なり。此の五つの者は、声色の符なり」と。
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