呂氏春秋 / 音律①
黃鐘生林鐘,林鐘生太蔟,太蔟生南呂,南呂生姑洗,姑洗生應鐘,應鐘生蕤賓,蕤賓生大呂,大呂生夷則,夷則生夾鐘,夾鐘生無射,無射生仲呂。三分所生,益之一分以上生;三分所生,去其一分以下生。黃鐘、(太)〔大〕呂、太蔟、夾鐘、姑洗、仲呂、蕤賓為上,林鐘、夷則、南呂、無射、應鐘為下。
新字:黄鐘生林鐘,林鐘生太蔟,太蔟生南呂,南呂生姑洗,姑洗生応鐘,応鐘生蕤賓,蕤賓生大呂,大呂生夷則,夷則生夾鐘,夾鐘生無射,無射生仲呂。三分所生,益之一分以上生;三分所生,去其一分以下生。黄鐘、(太)〔大〕呂、太蔟、夾鐘、姑洗、仲呂、蕤賓為上,林鐘、夷則、南呂、無射、応鐘為下。
書き下し
黃鐘は林鐘を生じ、林鐘は太蔟を生じ、太蔟は南呂を生じ、南呂は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生じ、應鐘は蕤賓を生じ、蕤賓は大呂を生じ、大呂は夷則を生じ、夷則は夾鐘を生じ、夾鐘は無射を生じ、無射は仲呂を生ず。生ずる所を三分して、之に一分を益して以て上生し、生ずる所を三分して、其の一分を去りて以て下生す。黃鐘・大呂・太蔟・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上と為し、林鐘・夷則・南呂・無射・應鐘を下と為す。
現代語訳
黄鐘は林鐘を生み、林鐘は太蔟を生み、太蔟は南呂を生み、南呂は姑洗を生み、姑洗は応鐘を生み、応鐘は蕤賓を生み、蕤賓は大呂を生み、大呂は夷則を生み、夷則は夾鐘を生み、夾鐘は無射を生み、無射は仲呂を生む。生じたものを三等分し、それに一分を加えて上に生じ、生じたものを三等分し、その一分を除いて下に生じる。黄鐘・大呂・太蔟・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上とし、林鐘・夷則・南呂・無射・応鐘を下とする。
解説
この段は、十二律を定める「三分損益法」を説明しています。基準となる黄鐘の管の長さから、三分の一を減らしたり加えたりして次々と音律を導き出す方法です。古代中国では音律は単なる音楽の問題ではなく、度量衡や暦とも結びつく宇宙の秩序の基礎とされました。一つの基準から数学的な操作で全体を導く点に、合理的で体系的な思考が表れています。基準を定め、一定の規則を反復して全体を組み上げるという発想は、標準化や規格づくり、数理的なシステム設計を考える現代にも通じる知恵といえます。
この章句が説くこと
三分損益十二律黄鐘律呂音律上生下生
関連する章句
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呂氏春秋・音律②大聖の至理の世、天地の氣、合して風を生ず。日至れば則ち月ごとに其の風を鐘め、以て十二律を生ず。仲冬日短かきこと至れば、則ち黃鐘を生じ、季冬は大呂を生じ、孟春は太蔟を生じ、仲春は夾鐘を生じ、季春は姑洗を生じ、孟夏は仲呂を生じ、仲夏日長きこと至れば、則ち蕤賓を生じ、季夏は林鐘を生じ、孟秋は夷則を生じ、仲秋は南呂を生じ、季秋は無射を生じ、孟冬は應鐘を生ず。天地の風氣正しければ、則ち十二律定まる。
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呂氏春秋・音律③黃鐘の月は、土事作すこと無く、慎みて蓋を發する無く、以て天を固め地を閉づ。陽氣且に泄れんとすればなり。大呂の月は、數將に終わりに幾からんとし、歲且に更め起こらんとす。而ち農民、使う所有る無かれ。太蔟の月は、陽氣始めて生じ、草木繁動す。農をして土を發せしめて、時を失うこと或る無かれ。夾鐘の月は、寬裕和平にして、德を行い刑を去り、事を作して、以て群生を害すること或る無かれ。姑洗の月は、道を達し路を通じ、溝瀆修利す。此の令を申ぶれば、嘉氣趣やかに至る。仲呂の月、大衆を聚むること無く、巡りて農事を勸む。草木方に長ず、民心を攜つこと無かれ。蕤賓の月、陽氣上に在り、壯を安んじ佼を養う。本朝靜かならざれば、草木早く槁る。林鐘の月、草木盛んに滿ち、陰將に刑を始めんとす。大事を發して、以て陽氣を將うこと無かれ。夷則の月、法を修め刑を飭し、士を選び兵を厲ぎ、不義を詰誅して、以て遠方を懷けよ。南呂の月、蟄蟲穴に入る。農を趣して收聚し、敢て懈怠すること無く、多きを以て務と為す。無射の月、疾く有罪を斷じ、法に當りて赦すこと勿れ。獄訟を留むること無く、以て亟やかなるを故と以てす。應鐘の月、陰陽通ぜず、閉じて冬と為る。喪紀を修別し、民の終る所を審らかにせよ。
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呂氏春秋・古樂⑤昔、黃帝、伶倫をして律を作為せしむ。伶倫、大夏の西自り、乃ち阮隃の陰に之き、竹を嶰谿の谷に取り、生じて空竅の厚さ鈞しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ三寸九分にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、吹けば舍少と曰う。次に十二筒を制し、以て阮隃の下に之き、鳳皇の鳴を聽き、以て十二律に別つ。其の雄の鳴は六為り、雌の鳴も亦た六たり。以て黃鐘の宮に比して、適合せしむ。黃鐘の宮、皆以て之を生ず可し。故に曰く、黃鐘の宮は、律呂の本なり。黃帝又伶倫に命じ、榮將と與に十二鐘を鑄、以て五音を和し、以て英韶を施さしむ。仲春の月、乙卯の日、日の奎に在りしときを以て、始めて之を奏し、之を命づけて咸池と曰う。
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説苑・修文孔子齊の郭門の外に至るに、一嬰兒の一壺を挈げて、相與に俱に行くに遇う、其の視精しく、其の心正しく、其の行端し。孔子御に謂いて曰く、「趣に之を驅れ、趣に之を驅れ。」と。韶樂方に作るに、孔子彼に至り、韶を聞きて三月肉味を知らず。故に樂は獨り以て自ら樂しむのみに非ず、又以て人を樂しましむ。獨り以て自ら正すのみに非ず、又以て人を正すなり!此に樂しむ者、樂を為すこと此に至るを圖らず。黃帝伶倫に詔して音律を作らしむ、伶倫大夏の西自り、乃ち崑崙の陰に之き、竹を嶰谷に取り、生竅厚薄均しき者を以て、兩節の間を斷ち、其の長さ九寸にして之を吹き、以て黃鐘の宮と為し、日に少次を含み、十二管を制し、崑崙の下を以て、鳳の鳴を聽き、以て十二律を別つ、其の雄鳴を六と為し、雌鳴も亦六なり、以て黃鐘の宮に比し、適に黃鐘の宮に合し、皆之を生ずべし、而して律の本なり。故に曰く黃鐘微にして均しく、鮮全にして傷つかず、其の宮為るや獨り尊く、大聖の德を象り、以て至賢の功を明らかにすべし、故に奉じて之を宗廟に薦め、以て功德を歌迎し、世世忘れず。是の故に黃鐘は林鐘を生じ、林鐘は大呂を生じ、大呂は夷則を生じ、夷則は太簇を生じ、太簇は南呂を生じ、南呂は夾鐘を生じ、夾鐘は無射を生じ、無射は姑洗を生じ、姑洗は應鐘を生じ、應鐘は蕤賓を生ず。三分の生ずる所、之に益すに一分を以てして上生す。三分の生ずる所、其の一分を去りて下生す。黃鐘・大呂・太簇・夾鐘・姑洗・仲呂・蕤賓を上と為し、林鐘・夷則・南呂・無射・應鐘を下と為す。大聖至治の世、天地の氣、合して以て風を生じ、日至れば則ち日其の風を行いて以て十二律を生ず、故に仲冬短至には則ち黃鐘を生じ、季冬には大呂を生じ、孟春には太簇を生じ、仲春には夾鐘を生じ、季春には姑洗を生じ、孟夏には仲呂を生じ、仲夏には蕤賓を生じ、季夏には林鐘を生じ、孟秋には夷則を生じ、仲秋には南呂を生じ、季秋には無射を生じ、孟冬には應鐘を生ず。天地の風氣正しければ、十二律至るなり。
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呂氏春秋・大樂①音樂の由りて來たる所の者は遠し。度量に生じ、太一に本づく。太一は兩儀を出だし、兩儀は陰陽を出だす。陰陽は變化して、一上一下、合して章を成す。渾渾沌沌として、離るれば則ち復た合い、合えば則ち復た離る。是を天常と謂う。天地は車輪のごとし。終れば則ち復た始まり、極まれば則ち復た反り、咸な當たらざるは莫し。日月星辰、或いは疾く或いは徐ろに、日月は同じからずして、以て其の行を盡くす。四時は代々る興りて、或いは暑く或いは寒く、或いは短かく或いは長く、或いは柔らかく或いは剛し。萬物の出づる所は、太一に造まり、陰陽に化す。萌芽始めて震き、凝寒して以て形す。形體は處有れば、聲有らざるは莫し。聲は和に出で、和は適に出づ。和適、先王樂を定めて、此に由りて生ず。
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呂氏春秋・適音④何をか適と謂う。衷は音の適なり。何をか衷と謂う。大、鈞を出でず、重、石を過ぎざるは、小大輕重の衷なり。黃鐘の宮は、音の本なり。清濁の衷なり。衷なる者は適なり。適せるを以て適なるを聽けば則ち和す。樂に太だしき無く、平和なる者は是なり。故に治世の音は安らかにして以て樂し。其の政平らかなればなり。亂世の音は怨みて以て怒る。其の政乖けばなり。亡國の音は悲しくて以て哀し。其の政險なればなり。凡そ音樂は政に通じて、風を移し俗を平らかにする者なり。俗の定まるは、而ち音樂之を化せばなり。故に有道の世は、其の音を觀て其の俗を知り、其の政を觀て其の主を知る。故に先王は必ず音樂に託して以て其の教えを論ず。清廟の瑟は、朱弦にして疏越、一唱して三歎するは、音より進む者有ればなり。大饗の禮は、玄尊を上りて生魚を俎にし、大羹和せざるは、味より進む者有ればなり。故に先王之の禮樂を制するや、特に以て耳目を歡ばせ、口腹の欲を極むるのみに非ざるなり。將に以て民に教えて好惡を平らかにし、理義を行わしめんとするなり。