管子 / 九守
一曰天之,二曰地之,三曰人之,四曰上下左右前後熒惑,其處安在?心不為九竅,九竅治。君不為五官,五官治。為善者君予之賞,為非者君予之罰。君因其所以來,因而予之,則不勞矣。聖人因之,故能掌之。因之修理,故能長久。
新字:一曰天之,二曰地之,三曰人之,四曰上下左右前後熒惑,其処安在?心不為九竅,九竅治。君不為五官,五官治。為善者君予之賞,為非者君予之罰。君因其所以来,因而予之,則不労矣。聖人因之,故能掌之。因之修理,故能長久。
書き下し
一に曰く天の、二に曰く地の、三に曰く人の、四に曰く上下左右前後の熒惑、其の處る所安くにか在る。心九竅を為さざれば、九竅治まる。君五官を為さざれば、五官治まる。善を為す者は君之に賞を予え、非を為す者は君之に罰を予う。君其の來たる所以に因り、因りて之を予うれば、則ち勞せず。聖人は之に因る、故に能く之を掌る。之に因りて理を修む、故に能く長久なり。
現代語訳
一つは天のこと、二つは地のこと、三つは人のこと、四つは上下左右前後で惑わせるもの。それはどこにあるのか。心が九つの穴の仕事をしなければ、九つの穴は治まる。君が五官の仕事をしなければ、五官は治まる。善をなす者には君が賞を与え、よくないことをなす者には君が罰を与える。君は、その者がやって来た筋に沿って与える。それなら疲れない。聖人はそれに沿う。だから掌れる。それに沿って理を修める。だから長く続く。
解説
心が九つの穴の仕事をしなければ穴は治まり、君が五官の仕事をしなければ五官は治まる。上が下の仕事を取らない、という管子の型がここでも出ます。賞罰も同じで、来た筋に沿って与えるだけ。自分で持ち出さないから疲れない、と。沿うことが長続きの条件になっています。
この章句が説くこと
心九竅を為さざれば九竅治まる君五官を為さざれば五官治まる善を為す者は君之に賞を予え非を為す者は君之に罰を予う君其の来たる所以に因り因りて之を予うれば則ち労せず之に因りて理を修む故に能く長久なり分担無為
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