管子 / 九守
襍篇六安徐而静,柔節先定,虛心平意以待須。目貴明,耳貴聰,心貴智。以天下之目視,則無不見也。以天下之耳聽,則無不聞也。以天下之心慮,則無不知也。輻湊竝進,則明不塞矣。
新字:襍篇六安徐而静,柔節先定,虚心平意以待須。目貴明,耳貴聰,心貴智。以天下之目視,則無不見也。以天下之耳聴,則無不聞也。以天下之心慮,則無不知也。輻湊並進,則明不塞矣。
書き下し
襍篇六。安徐にして静かに、柔節先ず定まり、心を虛しくし意を平らかにして以て須つを待つ。目は明を貴び、耳は聰を貴び、心は智を貴ぶ。天下の目を以て視れば、則ち見えざる無きなり。天下の耳を以て聽けば、則ち聞こえざる無きなり。天下の心を以て慮れば、則ち知らざる無きなり。輻湊し竝び進めば、則ち明塞がらず。
現代語訳
〔雑篇の六〕安らかにゆるやかに静かで、やわらかな節がまず定まり、心を空にし意を平らかにして待つ。目は明るさを貴び、耳は聡さを貴び、心は智を貴ぶ。天下の目で見れば、見えないものはない。天下の耳で聴けば、聞こえないものはない。天下の心で思えば、知らないことはない。車輪の輻のように集まって並び進めば、明るさは塞がらない。
解説
九守篇の始まりで、まず自分の構えを整えます。安らかにゆるやかに静かで、心を空にして待つ。そのうえで知られた三行が来ます。天下の目で見れば見えないものはなく、天下の耳で聴けば聞こえないものはなく、天下の心で思えば知らないことはない。自分の感覚を広げるのではなく、人の感覚を通す考え方でした。
この章句が説くこと
安徐にして静かに柔節先ず定まり心を虚しくし意を平らかにす目は明を貴び耳は聰を貴び心は智を貴ぶ天下の目を以て視れば則ち見えざる無きなり輻湊し並び進めば則ち明塞がらず構え耳目
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