鬼谷子 / 符言篇
安徐正靜、其被節先肉。善與而不靜、虛心平意、以待傾損。右主位。目貴明、耳貴聰、心貴智。以天下之目視者、則無不見、以天下之耳聴者、則無不聞、以天下之心思慮者、則無不知。輻湊並進、則明不可塞。右主明。
新字:安徐正静、其被節先肉。善与而不静、虚心平意、以待傾損。右主位。目貴明、耳貴聰、心貴智。以天下之目視者、則無不見、以天下之耳聴者、則無不聞、以天下之心思慮者、則無不知。輻湊並進、則明不可塞。右主明。
書き下し
安徐正靜、其の節を被ること先ず肉あり。善く與えて靜かならざれば、心を虛しくし意を平らかにして、以て傾損を待つ。右は位を主どる。目は明を貴び、耳は聰を貴び、心は智を貴ぶ。天下の目を以て視る者は、則ち見えざる無し。天下の耳を以て聴く者は、則ち聞こえざる無し。天下の心を以て思慮する者は、則ち知らざる無し。輻湊して並び進めば、則ち明は塞ぐべからず。右は明を主どる。
現代語訳
安らかにゆるやかに、正しく静かであれば、その節目を受けるときにもまず肉づきがある。よく与えていながら静かでないなら、心を虚しくし意を平らかにして、傾き損なわれるのを待つ。以上は位についてである。目は明るさを貴び、耳は聡さを貴び、心は知恵を貴ぶ。天下の目によって視る者には、見えないものがない。天下の耳によって聴く者には、聞こえないものがない。天下の心によって思いめぐらす者には、知らないことがない。輻が集まって並び進むように集まれば、明るさは塞ぐことができない。以上は明についてである。
解説
符言篇は九つの主題ごとに短く区切られた、君主の心得集です。「右は位を主どる」という締めが各段に付きます。ここでは位と明の二つ。明の段が優れています。「天下の目を以て視る者は、則ち見えざる無し」——自分の目で見るのではなく、天下の目で見る。組織の情報収集そのものです。輻が車軸に集まるように情報が集まれば、誰も明るさを塞げない。逆に言えば、一人の目で見ようとするから塞がれる。経営者が現場を見に行くことは大事ですが、見に行けるのは一か所だけです。
この章句が説くこと
天下の目を以て視る者は見えざる無し輻湊して並び進む情報収集傾聴組織統率
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