管子 / 七主七臣
夫凡私之所起,必生於主。夫上好本,則端正之士在前。上好利,則毁譽之士在側。上多喜善賞不隨其功,則士不為用。數出重法而不克其罪,則姦不為止。明王知其然,故見必然之政,立必勝之罰,故民知所必就,而知所必去。推則往,召則來,如墜重於髙,如瀆水於地。故法不煩而吏不勞,民無犯禁。故有百姓無怨於上,上亦法臣法,斷名決,無誹譽。故君法則主位安,臣法則貨賂止,而民無姦。嗚呼美哉!名斷言澤。
新字:夫凡私之所起,必生於主。夫上好本,則端正之士在前。上好利,則毀誉之士在側。上多喜善賞不随其功,則士不為用。数出重法而不克其罪,則姦不為止。明王知其然,故見必然之政,立必勝之罰,故民知所必就,而知所必去。推則往,召則来,如墜重於高,如瀆水於地。故法不煩而吏不労,民無犯禁。故有百姓無怨於上,上亦法臣法,断名決,無誹誉。故君法則主位安,臣法則貨賂止,而民無姦。嗚呼美哉!名断言沢。
書き下し
夫れ凡そ私の起こる所は、必ず主より生ず。夫れ上本を好めば、則ち端正の士前に在り。上利を好めば、則ち毁譽の士側に在り。上喜ぶこと多く善く賞して其の功に隨わざれば、則ち士用を為さず。數々重法を出だして其の罪に克たざれば、則ち姦止まるを為さず。明王は其の然るを知る、故に必然の政を見し、必勝の罰を立つ。故に民は必ず就く所を知り、而して必ず去る所を知る。推せば則ち往き、召せば則ち來たること、重きを髙きより墜とすが如く、水を地に瀆くが如し。故に法煩わしからずして吏勞せず、民禁を犯す無し。故に百姓の上に怨む無き有りて、上も亦た臣の法に法り、名を斷じ決して、誹譽無し。故に君法れば則ち主位安く、臣法れば則ち貨賂止みて、民に姦無し。嗚呼美なるかな、名斷じ言澤う。
現代語訳
私が起こるもとは、必ず主から生まれる。上が本を好めば、まっすぐな士が前に立つ。上が利を好めば、けなしたり褒めたりする士がそばに立つ。上が喜ぶことが多く、よく賞するのに功に見合わなければ、士は役に立たなくなる。たびたび重い法を出しながらその罪に見合わなければ、よこしまは止まらない。明王はそうと知っている。だから必ずそうなる政を示し、必ず勝つ罰を立てる。だから民は必ず就くところを知り、必ず離れるところを知る。押せば行き、呼べば来ることは、重い物を高いところから落とすようであり、水を地に流すようである。だから法は煩わしくなく役人は疲れず、民は禁を犯さない。だから民は上を怨まず、上もまた臣の法にならい、名を断じて決め、けなしも褒めもない。だから君が法にならえば主の位は安らかで、臣が法にならえば賄賂は止まり、民によこしまはない。ああ美しいことだ。名は断じられ、言葉はうるおう。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』八説第四十七古者は事寡くして備へ簡に、樸陋にして盡くさず、故に珧銚ありて車を推す者有り。古者は人寡くして相親しみ、物多くして利を輕んじ讓り易し、故に揖讓して天下を傳ふる者有り。然らば則ち揖讓を行ひ、慈惠を高くし、仁厚を道ふは、皆推政なり。多事の時に處りて、寡士の器を用ふるは、智者の備へに非ざるなり。大爭の世に當りて、揖讓の軌に循ふは、聖人の治に非ざるなり。故に智者は推車に乘らず、聖人は推政を行はざるなり。法は事を制する所以なり、事は功を名づくる所以なり。法立つ有りて難有るも、其の難を權りて事成らば、則ち之を立つ。事成りて害有るも、其の害を權りて功多ければ、則ち之を爲す。難無きの法、害無きの功は、天下に有ること無きなり。是を以て千丈の都を拔き、十萬の衆を敗り、死傷する者軍の乘、甲兵折挫し、士卒死傷するも、戰勝ちて地を得たるを賀する者は、其の小害を出して其の大利を計ればなり。夫れ沐する者には弃髪有り、除する者は血肉を傷つく。人の其の難を見て、因りて其の業を釋つるを爲すは、是れ術無きの士なり。先聖言有りて曰く、「規に摩有りて水に波有り、我之を更めんと欲すれども、之を奈何ともする無し」と。此れ權に通ずるの言なり。是を以て說に必ず立ちて實に曠しき者有り、言に辭拙くして用に急なる者有り。故に聖人は害無きの言を求めずして、易ふる無きの事を務む。人の衡石を事とせざるは、貞廉にして利に遠ざかるに非ず、石は人の爲に多少なる能はず、衡は人の爲に輕重なる能はず、求索して得る能はず、故に人事とせざるなり。明主の國は、官敢へて法を枉げず、吏敢へて私利を爲さず、貨賂行はれず、
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