管子 / 小問
桓公與管仲闔門而謀伐莒,未發也,而已聞於國,矣桓公怒謂管仲曰寡人與仲父闔門而謀伐莒未發也而已聞於國其故何也?管仲曰:「國必有聖人。」桓公曰:「然。夫日之役者,有執席食以視上者,必彼是邪?」於是乃令之復役,毋復相代。少焉,東郭郵至,桓公令儐者延而上,與之分級而上,問焉。曰:「子言伐莒者乎?」東郭郵曰:「然,臣也。」
新字:桓公与管仲闔門而謀伐莒,未発也,而已聞於国,矣桓公怒謂管仲曰寡人与仲父闔門而謀伐莒未発也而已聞於国其故何也?管仲曰:「国必有聖人。」桓公曰:「然。夫日之役者,有執席食以視上者,必彼是邪?」於是乃令之復役,毋復相代。少焉,東郭郵至,桓公令儐者延而上,与之分級而上,問焉。曰:「子言伐莒者乎?」東郭郵曰:「然,臣也。」
書き下し
桓公管仲と門を闔じて莒を伐つを謀る、未だ發せざるに、而も已に國に聞こゆ。桓公怒りて管仲に謂いて曰く、「寡人仲父と門を闔じて莒を伐つを謀り、未だ發せざるに、而も已に國に聞こゆ。其の故は何ぞや」と。管仲曰く、「國に必ず聖人有り」と。桓公曰く、「然り。夫の日の役者に、席食を執りて以て上を視る者有り、必ず彼是れか」と。是に於いて乃ち之に令して役に復せしめ、復た相代わる毋からしむ。少焉くして、東郭郵至る。桓公儐者をして延きて上らしめ、之と級を分かちて上り、焉に問う。曰く、「子伐莒を言う者か」と。東郭郵曰く、「然り、臣なり」と。
現代語訳
桓公が管仲と門を閉じて莒を討つ相談をした。まだ動いていないのに、もう国じゅうに知れ渡っていた。桓公は怒って管仲に言った。私は仲父と門を閉じて莒を討つ相談をし、まだ動いていないのに、もう国じゅうに知れている。なぜか。管仲が言った。国に必ず聖人がいます。桓公が言った。そうだ。あの日の人夫のなかに、敷物と食事を持って上を見ていた者がいた。きっと彼ではないか。そこで人夫たちを元の役に戻し、代わりを立てさせないようにした。しばらくして東郭郵が来た。桓公は取次にひき入れて上らせ、段を分けて上り、尋ねた。おまえが莒を討つと言った者か。東郭郵が言った。そうです、私です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』外儲説右上第三十四是の日に於てや、郎中尽く之を知る。是の月に於てや、境内尽く之を知る。王樗里疾を召して曰く、「是れ何ぞ匈匈たるや、何に道りて出づる」と。樗里疾曰く、「犀首に似たり」と。王曰く、「吾犀首と言ふ無きなり、其れ犀首は何ぞや」と。樗里疾曰く、「犀首や羈旅にして、新たに罪に抵す、其の心孤なり、是の言は自ら衆に嫁するなり」と。王曰く、「然り」と。人をして犀首を召さしむるに、已に諸侯に逃れたり。堂谿公昭侯に謂ひて曰く、「今千金の玉巵有り、通じて当無し、以て水を盛る可きか」と。昭侯曰く、「不可なり」と。「瓦器有りて漏れず、以て酒を盛る可きか」と。昭侯曰く、「可なり」と。対へて曰く、「夫れ瓦器は、至賤なり、漏れざれば、以て酒を盛る可し。千金の玉巵有りと雖も、至貴にして当無く、漏るれば、水を盛る可からず、則ち人孰か漿を注がんや。今人の主と為りて其の羣臣の語を漏らすは、是れ猶ほ当無きの玉巵のごときなり。聖智有りと雖も、其の術を尽くす莫きは、其の漏るるが為なり」と。昭侯曰く、「然り」と。昭侯堂谿公の言を聞き、此れより後、天下の大事を発せんと欲すれば、未だ嘗て独り寝ねずんばあらず、夢言して人をして其の謀を知らしむるを恐るるなり。一に曰く、堂谿公昭侯に見えて曰く、「今白玉の巵有りて当無く、瓦巵有りて当有り。君渇せば、将に何を以て飲まんとする」と。君曰く、「瓦巵を以てせん」と。堂谿公曰く、「白玉の巵美にして君以て飲まざる者は、其の当無きを以てか」と。君曰く、「然り」と。堂谿公曰く、「人主と為りて其の羣臣の語を漏泄するは、譬へば猶ほ玉巵の当無きがごとし」と。堂谿公見ゆる毎に出づれば、昭侯必ず独り臥す、惟だ夢言の妻妾に泄れんことを恐る。申子曰く、「独り視る者を明と謂ひ、独り聴く者を聡と謂ふ。
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『韓非子』外儲説右上第三十四左右王の之を説ぶを引きて以て先づ客に告げ以て徳と為す。靖郭君の斉に相たるや、王后死す、未だ置く所を知らず、乃ち玉珥を献じて以て之を知る。一に曰く、薛公斉に相たり、斉の威王の夫人死す、中に十孺子有りて皆王に貴ばる、薛公王の立てんと欲する所を知りて一人を置きて以て夫人と為さんことを請はんと欲す。王之を聴かば、則ち是れ説王に行はれて、夫人を置くに重んぜらるるなり。王聴かざれば、是れ説行はれずして、夫人を置くに軽んぜらるるなり。先づ王の置かんと欲する所を知りて以て王に之を置くことを勧めんと欲し、是に於て十玉珥を為りて其の一を美にして之を献ず。王以て十孺子に賦す。明日坐して、美珥の在る所を視て王に勧めて以て夫人と為さしむ。甘茂秦の恵王に相たり、恵王公孫衍を愛し、之と間に言ふ所有り、曰く、「寡人将に子を相とせんとす」と。甘茂の吏穴に道りて之を聞き、以て甘茂に告ぐ。甘茂入りて王に見えて、曰く、「王賢相を得たり、臣敢て再拝して賀す」と。王曰く、「寡人国を子に託す、安んぞ更に賢相を得ん」と。対へて曰く、「将に犀首を相とせんとす」と。王曰く、「子安くにか之を聞く」と。対へて曰く、「犀首臣に告ぐ」と。王犀首の泄らすを怒り、乃ち之を逐ふ。一に曰く、犀首は、天下の善将なり、梁王の臣なり。秦王之を得て与に天下を治めんと欲す、犀首曰く、「衍は其れ人臣なる者なり、敢て主の国を離れず」と。居ること期年、犀首罪を梁王に抵し、逃れて秦に入る、秦王甚だ之を善くす。樗里疾は、秦の将なり、犀首の之に代はりて将たらんことを恐れ、穴を王の常に隠語する所に鑿つ。俄かにして王果たして犀首と計りて、曰く、「吾韓を攻めんと欲す、奚如」と。犀首曰く、「秋ならば可なり」と。王曰く、「吾国を以て子に累はさんと欲す、子必ず泄らす勿かれ」と。犀首反り走りて再拝して曰く、「命を受く」と。是に於て樗里疾や穴に道りて之を聴けり。郎中皆曰く、「兵秋に起こりて韓を攻め、犀首将たり」と。
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