管子 / 小問
桓公使管仲求甯戚。甯戚應之曰:「浩浩乎!」管仲不知,至中食而慮之。婢子曰:「公何慮?」管仲曰:「非婢子之所知也。」婢子曰:「公其毋少少,毋賤賤。昔者吳、干戰,未齔不得入軍門。國子擿其齒,遂入,為干國多。百里徯,秦國之飯牛者也,穆公舉而相之,遂霸諸侯。由是觀之,賤豈可賤,少豈可少哉!」管仲曰:「然。公使我求甯戚,甯戚應我曰『浩浩乎』,吾不識。」婢子曰:「詩有之:『浩浩者水,育育者魚。未有室家,而安召我居?』甯子其欲室乎?」
新字:桓公使管仲求甯戚。甯戚応之曰:「浩浩乎!」管仲不知,至中食而慮之。婢子曰:「公何慮?」管仲曰:「非婢子之所知也。」婢子曰:「公其毋少少,毋賤賤。昔者吳、干戦,未齔不得入軍門。国子擿其齒,遂入,為干国多。百里徯,秦国之飯牛者也,穆公舉而相之,遂覇諸侯。由是観之,賤豈可賤,少豈可少哉!」管仲曰:「然。公使我求甯戚,甯戚応我曰『浩浩乎』,吾不識。」婢子曰:「詩有之:『浩浩者水,育育者魚。未有室家,而安召我居?』甯子其欲室乎?」
書き下し
桓公管仲をして甯戚を求めしむ。甯戚之に應えて曰く、「浩浩乎たり」と。管仲知らず、中食に至りて之を慮る。婢子曰く、「公何をか慮る」と。管仲曰く、「婢子の知る所に非ざるなり」と。婢子曰く、「公其れ少なきを少なしとする毋かれ、賤しきを賤しとする毋かれ。昔者吳・干戰う、未だ齔せざれば軍門に入るを得ず。國子其の齒を擿きて、遂に入り、干國の為に多とせらる。百里徯は、秦國の牛を飯う者なり、穆公舉げて之を相とし、遂に諸侯に霸たり。是に由りて之を觀れば、賤しきも豈に賤しとす可けんや、少なきも豈に少なしとす可けんや」と。管仲曰く、「然り。公我をして甯戚を求めしむ。甯戚我に應えて曰く、浩浩乎たりと。吾識らず」と。婢子曰く、「詩に之有り。浩浩たる者は水、育育たる者は魚。未だ室家有らず、而ぞ安んぞ我を召して居らしめん、と。甯子は其れ室を欲するか」と。
現代語訳
桓公が管仲に甯戚を招かせた。甯戚はそれに答えて、浩浩たるかな、とだけ言った。管仲には分からず、食事のさなかまで考え込んでいた。下働きの女が言った。ご主人は何を考えているのですか。管仲が言った。おまえの知ることではない。女が言った。ご主人、年少だからと軽んじず、賤しいからと軽んじないでください。昔、呉と干が戦ったとき、乳歯が抜けていない者は軍門に入れませんでした。国子は自分の歯を抜いて中に入り、干の国のために手柄を立てました。百里徯は秦の国で牛を飼っていた者ですが、穆公が挙げて宰相とし、ついに諸侯の覇者となりました。これで見れば、賤しいからと軽んじられるでしょうか、年少だからと軽んじられるでしょうか。管仲が言った。そのとおりだ。公が私に甯戚を招かせた。甯戚は私に、浩浩たるかな、と答えた。私には分からない。女が言った。詩にあります。浩浩たるものは水、育育たるものは魚。まだ家庭を持っていないのに、どうして私を召して住まわせようというのか、と。甯先生は妻を望んでいるのではありませんか。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・舉難⑤甯戚、齊の桓公に干めんと欲するも、窮困して以て自ら進むる無し。是に於て商旅と為りて任車を将きて以て齊に至り、暮に郭門の外に宿る。桓公、郊に客を迎え、夜、門を開き、任車を辟けしめ、爝火甚だ盛にして、從者甚だ衆し。甯戚、牛を飯って車下に居り、桓公を望みて悲しみ、牛角を撃ちて疾歌す。桓公之を聞き、其の僕の手を撫して曰く、「異なるかな。之の歌う者は常人に非ざるなり。」後車に命じて之を載せしむ。桓公反り至り、從者以て請う。桓公、之に衣冠を賜い、將に之を見んとす。甯戚見え、桓公に説くに境內を治むるを以てす。明日復た見え、桓公に説くに天下を為むるを以てす。桓公大いに說び、將に之に任ぜんとす。群臣之を爭いて曰く、「客は、衛人なり。衛の齊を去ること遠からず。君人をして之を問わしむるに若かず。而して固より賢者ならば、之を用うるも未だ晩からず。」桓公曰く、「然らず。之を問うは、其の小惡有るを患うればなり。人の小惡を以て、人の大美を亡る。此れ人主の天下の士を失う所以なるのみ。」凡そ聽には必ず以てする有り。今聽きて復た問わざるは、其の以てする所に合すればなり。且つ人は固より全かり難ければ、權りて其の長なる者を用う。舉に當りてや、桓公之を得たり。
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『管子』小問客或いは齊の桓公に見えんと欲し、上官に仕えて祿千鍾を授けられんことを請う。公以て管仲に告ぐ。曰く、「君之を予えよ」と。客之を聞きて曰く、「臣仕えざらん」と。公曰く、「何の故ぞ」と。對えて曰く、「臣聞く、人を取るに人を以てする者は、其の人を去るや亦た人を用うと。吾仕えざらん」と。
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『管子』小問桓公管仲に謂いて曰く、「吾大國の服せざる者を伐たんと欲す、奈何」と。管仲對えて曰く、「先ず四封の内を愛し、然る後に以て竟外の不善なる者を惡む可し。先ず卿大夫の家を定め、然る後に以て鄰の敵國を危うくす可し。是の故に先王は必ず置く有り、然る後に廢する有り。必ず利する有り、然る後に害する有り」と。桓公位に踐み、社に釁り禱を塞ぐを令す。祝鳬已疪胙を獻ず。祝して曰く、「君の苛疾を除かんこと、若の虚多くして實少なきと與にせん」と。桓公説ばず、目を瞑じて祝鳬已疪を視る。祝鳬已疪酒を授けて之を祭る。曰く、「又た君の若賢と與にせん」と。桓公怒り、將に之を誅せんとして未だせざるに、以て管仲に復す。管仲是に於いて桓公の以て霸たる可きを知る。
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『管子』戒桓公外舍して鼎饋せず。中婦諸子宮人に謂う、「盍ぞ出でて從わざる。君將に行有らんとす」と。宮人皆出でて從う。公怒りて曰く、「孰か我に行有りと謂う者ぞ」と。宮人曰く、「賤妾之を中婦諸子に聞く」と。公中婦諸子を召して曰く、「女焉くにか吾に行有るを聞けるや」と。對えて曰く、「妾人之を聞く、君外舍して鼎饋せざるは、内憂有るに非ざれば、必ず外患有りと。今君外舍して鼎饋せず、君は内憂有るに非ざるなり、妾是を以て君の將に行有らんとするを知るなり」と。公曰く、「善し。此れ吾が女と及ぶ所に非ざるなり、而して言乃ち焉に至る、吾是を以て女に語る。吾諸侯を致さんと欲して至らず、之を為すこと奈何」と。中婦諸子曰く、「妾の身の人の持接を為さざるより、未だ嘗て人の布織を得ず、意うに更に容審らかならざるか」と。明日、管仲朝す、公之を告ぐ。管仲曰く、「此れ聖人の言なり、君必ず行え」と。
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『淮南子』道應訓甯越 齊の桓公に干めんと欲するも、困窮して以て自ら達する無し。是に於いて商旅と爲り、任車を將いて、以て齊に商す。暮に郭門の外に宿る。桓公 郊に客を迎えんとし、夜 門を開き、任車を辟け、爝火 甚だ盛んに、從者 甚だ衆し。甯越 牛に車下に飯し、桓公を望み見て悲しむ。牛角を撃ちて疾く商歌す。桓公 之を聞き、其の僕の手を撫でて曰く、「異なるかな。歌う者は常人に非ざるなり」と。後車に命じて之を載す。桓公 至るに及び、從者 以て請う。桓公 之に衣冠を贛りて見え、説くに以て天下を爲むるを以てす。桓公 大いに説び、將に之を任ぜんとす。君臣 之を爭いて曰く、「客は、衞人なり。衞の齊を去ること遠からず。君 人をして之を問わしむるに若かず。之を問いて故より賢者ならば、之を用うるも未だ晩からず」と。桓公曰く、「然らず。之を問えば、其の小惡有るを患う。人の小惡を以て人の大美を忘るるは、此れ人主の天下の士を失う所以なり」と。凡そ聽くに必ず驗有り。一たび聽きて復た問わざるは、其の以てする所に合すればなり。且つ人は固より合し難きなり。權りて其の長ずる者を用うるのみ。是の舉に當たりて、桓公 之を得たり。故に老子曰く、「天は大、地は大、道は大、王も亦た大なり。域中に四大有りて、王 其の一に處る」と。以て其の能く之を包裹するを言うなり。
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『新序』雜事第五寗戚齊の桓公に干めんと欲す。窮困して以て自ら進む無し。是に於いて商旅と爲り、車を賃して以て齊に適き、暮に郭門の外に宿す。桓公郊に客を迎え、夜門を開く。車を賃する者を辟け、火を執ること甚だ盛んに、從者甚だ衆し。寗戚牛に車下に飯し、桓公を望みて悲しみ、牛角を撃ちて商歌を疾くす。桓公之を聞き、其の僕の手を執りて曰く、異なるかな、此の歌う者は常人に非ざるなり、と。後車をして之を載せしむ。桓公反り至る。從者以て請う。桓公曰く、之に衣冠を賜え。將に之に見えんとす、と。寗戚見え、桓公に説くに境内を合わすを以てす。明日復た見え、桓公に説くに天下を爲むるを以てす。桓公大いに説び、將に之に任ぜんとす。羣臣之を爭いて曰く、客は衞人なり。齊を去ること五百里、遠からず。人をして之を問わしむるに如かず。固より賢人ならば、之に任ずるも未だ晩からざるなり、と。桓公曰く、然らず。之を問わば、其の小惡有らんことを恐る。其の小惡を以て、人の大美を忘る。此れ人主の天下の士を失う所以なり。且つ人固より全くし難し。權りて其の長ずる者を用う、と。遂に舉げて大いに之を用い、之に授くるに以て卿と爲す。此の舉に當たりて、桓公之を得たり。霸たる所以なり。