管子 / 小問
桓公謂管仲曰:「吾欲伐大國之不服者,奈何?」管仲對曰:「先愛四封之内,然後可以惡竟外之不善者。先定卿大夫之家,然後可以危鄰之敵國。是故先王必有置也,然後有廢也。必有利也,然後有害也。」桓公踐位,令釁社塞禱。祝鳬已疪獻胙。祝曰:「除君苛疾,與若之多虚而少實。」桓公不説,瞑目而視祝鳬已疪。祝鳬已疪授酒而祭之。曰:「又與君之若賢。」桓公怒,將誅之而未也,以復管仲。管仲於是知桓公之可以霸也。
新字:桓公謂管仲曰:「吾欲伐大国之不服者,奈何?」管仲対曰:「先愛四封之内,然後可以悪竟外之不善者。先定卿大夫之家,然後可以危鄰之敵国。是故先王必有置也,然後有廃也。必有利也,然後有害也。」桓公践位,令釁社塞祷。祝鳬已疪献胙。祝曰:「除君苛疾,与若之多虚而少実。」桓公不説,瞑目而視祝鳬已疪。祝鳬已疪授酒而祭之。曰:「又与君之若賢。」桓公怒,将誅之而未也,以復管仲。管仲於是知桓公之可以覇也。
書き下し
桓公管仲に謂いて曰く、「吾大國の服せざる者を伐たんと欲す、奈何」と。管仲對えて曰く、「先ず四封の内を愛し、然る後に以て竟外の不善なる者を惡む可し。先ず卿大夫の家を定め、然る後に以て鄰の敵國を危うくす可し。是の故に先王は必ず置く有り、然る後に廢する有り。必ず利する有り、然る後に害する有り」と。桓公位に踐み、社に釁り禱を塞ぐを令す。祝鳬已疪胙を獻ず。祝して曰く、「君の苛疾を除かんこと、若の虚多くして實少なきと與にせん」と。桓公説ばず、目を瞑じて祝鳬已疪を視る。祝鳬已疪酒を授けて之を祭る。曰く、「又た君の若賢と與にせん」と。桓公怒り、將に之を誅せんとして未だせざるに、以て管仲に復す。管仲是に於いて桓公の以て霸たる可きを知る。
現代語訳
桓公が管仲に言った。私は大国で従わない者を討ちたい。どうか。管仲が答えた。まず四方の境の内を愛し、そのうえで境の外の善くない者を憎めます。まず卿や大夫の家を定め、そのうえで隣の敵国を危うくできます。だから先の王は、必ず置くことをしてから廃することをし、必ず利することをしてから害することをしました。桓公が位に就き、社に血を塗って祈りを納めるよう令した。祝である鳬已疪が供物を献じ、祝して言った。君の苛立ちと病を除きますように。あなたの、うわべばかりで中身が少ないところと一緒に。桓公は喜ばず、目を閉じて鳬已疪を見た。鳬已疪は酒を捧げて祭り、こう言った。それから君の、賢そうに見えるところも一緒に。桓公は怒り、誅そうとしたがまだ手を下さず、管仲に伝えた。管仲はそれで、桓公が覇者になれると知った。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻二亦云く、世俗の礼にも人の見ざる処、あるひは暗室の中なれども、衣服等をきかゆる時も、亦坐臥する時にも、放逸に隠処なんどをも蔵くさす無礼なるをば、天に慚ぢず鬼に慚ぢずとてそしるなり、只た人の見る時と同じく、かくすべき処をもかくし、はづべきことをもはづるなり、仏法の中も亦戒律かくのごとし、然あれば道者は内外を論ぜす、明暗を択はず、仏制を心に存して、人の見ず知らざればとて、悪事を行すべからざるなり、
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『正法眼蔵随聞記』巻一夜話に云く、今ま世出世間の人、多分は善事をなしては、かまへて人に知られんと思ひ、悪事を作して人に知られじと思ふ、是に依て内外不相応のこと出で来たる、あひかまへて内外相応じ、錯まりを悔ゐ、実徳をかくして、外相をかざらず好事をば他人にゆづり、悪事をば己れにむかふる志気あるべきなり、問て云く実徳を蔵し外相を飾らざらんこと、寔とに然るべし、但し仏菩薩は大悲利生を以て本とす、無智の道俗等外相の不善を見て是を謗り難せば、謗僧の罪を感ぜん、実徳を知らずとも、外相を見て貴とび供養せば、一分の福分たるべし、是らの斟酌いかなるべきぞ、
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『呻吟語』内篇・談道・只だ內と本と有るのみ內外本末交ごも相培養す、此の語は余の未だ喻らざる所なり。只だ內と本と有るのみ。那の外と末とは張主し得ること甚ぞ。
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『正法眼蔵随聞記』巻一答て云く、外相を飾らずとて、即ち放逸ならば亦是れ道理に差ふ、実徳を蔵すと云ふて、在家等の前にて悪行を現せば亦た是れ破戒の甚だしきなり、只希有の道心者、道者の由を人に知られんと思ひ、身にある失を人に知られじと思へども、諸天善神及び三宝の冥に知見する処なり、夫をば愧ずして、世人に貴とびられんと思ふ意ろを誠むるなり、只時にのぞみ事に触て、興法の為め利生の為に、諸事を斟酌すべきなり、擬して後に云ひ、思て後に行して、卒暴なること莫れとなり、
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『童子問』卷上問ふ、学問は果たして性の内に在りや、性の外に在りやと。曰く、内外一致す。内は以て外を資け、外は以て内を養ふ。相無かるべからず。譬へば猶ほ人の一体のごとし。心思知慮は内なり、視聴動作は外なり。専ら心思知慮を貴びて、尽く視聴動作を廃するは、可ならんや。且つ生養の具の若きは、飲食薬餌より、以て宮室衣服、平生の合用、凡百の器具に至るまで、皆之を外に資らざること靡し。豈に独り学問に至りて、之を疑はんや。樹は土に非ざれば則ち生ぜず、魚は水に非ざれば則ち活きず。然れども樹と魚とに由りて之を見れば、則ち土と水とは皆外なり。然れども須臾も離るることを得ざるなり。人の学問、生養の具、何物か之を外に資らざらん。設若し其の外なるを以て之を棄てば、猶ほ樹の土を離れ、魚の水を去るがごとく、一日も生くることを得ず。其の不可なること必せり。人の五倫に於ける、父子の親、兄弟の睦と雖も、既に其の体を異にす。況んや君臣夫婦朋友は皆義を以て合ふ。豈に之を外と謂ひて可ならんや。凡そ内外の二字、古人の称する所と、後世の謂ふ所と、其の義適に別なり。所謂内とは之を親しむの辞、外とは之を疎んずるの辞なり。大学に外本内末と曰ひ、荘周に内聖外王と曰ふが若き、是れなり。性を以て内と為して、性に非ざる者を以て外と為して、之を棄つるに非ざるなり。告子の外義も、亦た義を以て外と為して之を行ふを謂ふ。棄てて用ひざるの謂に非ず。聖賢初めより内外の弁無し。其の内外の分を立つるは、後儒の陋説なり。
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『呻吟語』内篇・談道・吾が心を内と為せば、則ち吾が身も亦た外物なり吾が身を以て内と為せば、則ち吾が身の外は皆外物なり。故に富貴利達は、生く可く榮ゆ可きも、苟くも道に非ざれば、君子居らず。吾が心を以て内と為せば、則ち吾が身も亦た外物なり。故に貧賤憂慼は、辱む可く殺す可きも、苟くも道ならば、君子辭せず。

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