淮南子 / 道應訓
甯越欲干齊桓公,困窮無以自達,於是爲商旅,將任車,以商於齊,暮宿於郭門之外。桓公郊迎客,夜開門,辟任車,爝火甚盛,從者甚衆,甯越飯牛車下,望見桓公而悲。撃牛角而疾商歌。桓公聞之,撫其僕之手曰:「異哉!歌者非常人也。」命後車載之。桓公及至,從者以請。桓公贛之衣冠而見,説以爲天下。桓公大説,將任之。君臣爭之曰:「客,衞人也。衞之去齊不遠,君不若使人問之。問之而故賢者也,用之未晩。」桓公曰:「不然。問之,患其有小惡也。以人之小惡而忘人之大美,此人主之所以失天下之士也。」凡聽必有驗,一聽而弗復問,合其所以也。且人固難合也,權而用其長者而已矣。當是舉也,桓公得之矣。故老子曰:「天大、地大、道大、王亦大,域中有四大,而王處其一焉。」以言其能包裹之也。
新字:甯越欲干斉桓公,困窮無以自達,於是為商旅,将任車,以商於斉,暮宿於郭門之外。桓公郊迎客,夜開門,辟任車,爝火甚盛,従者甚衆,甯越飯牛車下,望見桓公而悲。撃牛角而疾商歌。桓公聞之,撫其僕之手曰:「異哉!歌者非常人也。」命後車載之。桓公及至,従者以請。桓公贛之衣冠而見,説以為天下。桓公大説,将任之。君臣争之曰:「客,衛人也。衛之去斉不遠,君不若使人問之。問之而故賢者也,用之未晩。」桓公曰:「不然。問之,患其有小悪也。以人之小悪而忘人之大美,此人主之所以失天下之士也。」凡聴必有験,一聴而弗復問,合其所以也。且人固難合也,権而用其長者而已矣。当是舉也,桓公得之矣。故老子曰:「天大、地大、道大、王亦大,域中有四大,而王処其一焉。」以言其能包裹之也。
書き下し
甯越 齊の桓公に干めんと欲するも、困窮して以て自ら達する無し。是に於いて商旅と爲り、任車を將いて、以て齊に商す。暮に郭門の外に宿る。桓公 郊に客を迎えんとし、夜 門を開き、任車を辟け、爝火 甚だ盛んに、從者 甚だ衆し。甯越 牛に車下に飯し、桓公を望み見て悲しむ。牛角を撃ちて疾く商歌す。桓公 之を聞き、其の僕の手を撫でて曰く、「異なるかな。歌う者は常人に非ざるなり」と。後車に命じて之を載す。桓公 至るに及び、從者 以て請う。桓公 之に衣冠を贛りて見え、説くに以て天下を爲むるを以てす。桓公 大いに説び、將に之を任ぜんとす。君臣 之を爭いて曰く、「客は、衞人なり。衞の齊を去ること遠からず。君 人をして之を問わしむるに若かず。之を問いて故より賢者ならば、之を用うるも未だ晩からず」と。桓公曰く、「然らず。之を問えば、其の小惡有るを患う。人の小惡を以て人の大美を忘るるは、此れ人主の天下の士を失う所以なり」と。凡そ聽くに必ず驗有り。一たび聽きて復た問わざるは、其の以てする所に合すればなり。且つ人は固より合し難きなり。權りて其の長ずる者を用うるのみ。是の舉に當たりて、桓公 之を得たり。故に老子曰く、「天は大、地は大、道は大、王も亦た大なり。域中に四大有りて、王 其の一に處る」と。以て其の能く之を包裹するを言うなり。
現代語訳
寧越は斉の桓公に用いられたいと思ったが、困窮して自分を売り込む手立てがなかった。そこで商人となり、荷車を率いて斉へ商いに行った。日暮れに外郭の門の外で泊まった。桓公が郊外で客を迎えようと、夜に門を開き、荷車をどけさせ、松明はさかんで、従者は大勢だった。寧越は車の下で牛に飼葉をやりながら、桓公を見て悲しくなった。牛の角を叩いて激しく商の調べを歌った。桓公はそれを聞いて、御者の手を撫でて言った、「変わっているな。歌っているのは並の人ではない」。後ろの車に命じて乗せた。桓公が着いてから、従者がその処遇を伺った。桓公は衣冠を与えて会い、天下を治める話をした。桓公は大いに喜び、任じようとした。臣下たちは争って言った、「あの客は衛の人です。衛は斉から遠くありません。人をやって素性を問わせてはいかがですか。問うて本当に賢者なら、用いるのに遅くはありません」。桓公は言った、「そうではない。問えば、小さな欠点が出てくるのが厄介だ。人の小さな欠点のために人の大きな美点を忘れる、これが君主が天下の士を失う理由だ」。だいたい聴くには必ず験がある。一度聴いてもう問い直さないのは、それが拠りどころに合っていたからである。そもそも人は完全には噛み合わないものだ。量って長所のほうを用いるだけである。この登用において、桓公は得たといえる。だから老子は言った、「天は大きく、地は大きく、道は大きく、王もまた大きい。この域の中に四つの大があり、王はその一つを占める」。それは包み込めることを言うのである。
解説
この章句が説くこと
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呂氏春秋・舉難⑤甯戚、齊の桓公に干めんと欲するも、窮困して以て自ら進むる無し。是に於て商旅と為りて任車を将きて以て齊に至り、暮に郭門の外に宿る。桓公、郊に客を迎え、夜、門を開き、任車を辟けしめ、爝火甚だ盛にして、從者甚だ衆し。甯戚、牛を飯って車下に居り、桓公を望みて悲しみ、牛角を撃ちて疾歌す。桓公之を聞き、其の僕の手を撫して曰く、「異なるかな。之の歌う者は常人に非ざるなり。」後車に命じて之を載せしむ。桓公反り至り、從者以て請う。桓公、之に衣冠を賜い、將に之を見んとす。甯戚見え、桓公に説くに境內を治むるを以てす。明日復た見え、桓公に説くに天下を為むるを以てす。桓公大いに說び、將に之に任ぜんとす。群臣之を爭いて曰く、「客は、衛人なり。衛の齊を去ること遠からず。君人をして之を問わしむるに若かず。而して固より賢者ならば、之を用うるも未だ晩からず。」桓公曰く、「然らず。之を問うは、其の小惡有るを患うればなり。人の小惡を以て、人の大美を亡る。此れ人主の天下の士を失う所以なるのみ。」凡そ聽には必ず以てする有り。今聽きて復た問わざるは、其の以てする所に合すればなり。且つ人は固より全かり難ければ、權りて其の長なる者を用う。舉に當りてや、桓公之を得たり。
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『新序』雜事第五寗戚齊の桓公に干めんと欲す。窮困して以て自ら進む無し。是に於いて商旅と爲り、車を賃して以て齊に適き、暮に郭門の外に宿す。桓公郊に客を迎え、夜門を開く。車を賃する者を辟け、火を執ること甚だ盛んに、從者甚だ衆し。寗戚牛に車下に飯し、桓公を望みて悲しみ、牛角を撃ちて商歌を疾くす。桓公之を聞き、其の僕の手を執りて曰く、異なるかな、此の歌う者は常人に非ざるなり、と。後車をして之を載せしむ。桓公反り至る。從者以て請う。桓公曰く、之に衣冠を賜え。將に之に見えんとす、と。寗戚見え、桓公に説くに境内を合わすを以てす。明日復た見え、桓公に説くに天下を爲むるを以てす。桓公大いに説び、將に之に任ぜんとす。羣臣之を爭いて曰く、客は衞人なり。齊を去ること五百里、遠からず。人をして之を問わしむるに如かず。固より賢人ならば、之に任ずるも未だ晩からざるなり、と。桓公曰く、然らず。之を問わば、其の小惡有らんことを恐る。其の小惡を以て、人の大美を忘る。此れ人主の天下の士を失う所以なり。且つ人固より全くし難し。權りて其の長ずる者を用う、と。遂に舉げて大いに之を用い、之に授くるに以て卿と爲す。此の舉に當たりて、桓公之を得たり。霸たる所以なり。
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『智囊』識斷・齊桓公寧戚は衛の人、牛に車下に飯い、角を扣いて歌う。斉の桓公は之を異とし、将に任ずるに政を以てせんとす。群臣曰く、「衛は斉を去ること遠からず。人をして之を問わしむべし。果たして賢ならば、用いるも未だ晩からず」と。公曰く、「之を問わば、其の小過有るを患う。小を以て大を棄つるは、此れ世の天下の士を失う所以なり」と。乃ち火を挙げて之を上卿に爵す。〔馮述評〕韓、范は已に張、李の二生の有用の才を知りたるも、其の敢えて用いざるは、直だ是れ胆無きのみ。孔明は深く魏延の才を知り、而して又た其の才の必ず人の下と為らざるを知る。故に未だ慮ることの深きに過ぎ、防ぐことの太だしきに過ぎ、持することの太だ厳なるを免れず。寧ろ余才有らしめて、其の用を尽くすを欲せず。其の子午谷の計を聴かざるは、胆の識に掩わるるなり。嗚呼、胆は蓋し言い難きかな。〔魏は夏侯懋を以て長安に鎮せしむ。丞相亮、魏を伐つ。魏延策を献じて曰く、「懋は怯にして謀無し。今延に精兵五千を仮し、直ちに褒中より出で、秦嶺に循いて東し、子午に当たりて北せば、十日に過ぎずして長安に到るべし。懋は延の奄かに至るを聞かば、必ず城を棄てて走らん。東方の相い合うに比び、尚お二十許日あり。而して公は斜谷より来たらば、亦た以て達するに足らん。此の如くなれば則ち一挙に咸陽以西は定まるべし」と。亮は以て危計と為し、用いず。〕
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『淮南子』主術訓甯戚 車下に商歌して、桓公 喟然として寤む。至精の人に入ること深し。故に曰く、其の音を樂聽すれば、則ち其の俗を知る。其の俗を見れば、則ち其の化を知る、と。孔子 琴を鼓するを師襄に學びて、文王の志を諭る。微を見て以て明を知るなり。延陵季子 魯の樂を聽きて、殷・夏の風を知る。近きを論じて以て遠きを識るなり。之を上古に作して、施きて千歲に及びて、文 滅せず。況んや並世に民を化するに於いてをや。湯の時、七年 旱す。身を以て桑林の際に禱りて、四海の雲 湊まり、千里の雨 至る。質を抱き誠を效し、天地を感動し、神 方外に諭る。令 行われ禁 止むは、豈に為すに足らんや。古の聖王 至精 內に形れて、好憎 外に忘れ、言を出だして以て情に副い、號を發して以て旨を明らかにし、之を陳ぶるに禮樂を以てし、之を風するに歌謠を以てす。業は萬世を貫きて壅がらず、橫に四方を扃して窮まらず、禽獸昆蟲も之と陶化す。又た況んや法を執り令を施すに於いてをや。
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『淮南子』道應訓秦の穆公 伯樂に謂いて曰く、「子の年 長けたり。子姓に馬を求めしむ可き者有るか」と。對えて曰く、「良馬なる者は、形容筋骨を以て相す可きなり。天下の馬を相する者は、滅するが若く失するが若く、其の一を亡うが若し。此くの若き馬は、塵を絶ち轍を弭む。臣の子は皆な下材なり。告ぐるに良馬を以てす可くして、告ぐるに天下の馬を以てす可からず。臣に與に儋纏を供にし薪を采る者有り、方九堙なり。此れ其の馬に於けるや、臣の下に非ざるなり。請う之に見えん」と。穆公 之に見え、之をして馬を求めしむ。三月にして反り報じて曰く、「已に馬を得たり。沙丘に在り」と。穆公曰く、「何の馬ぞや」と。對えて曰く、「牡にして黃なり」と。人をして往きて之を取らしむれば、牝にして驪なり。穆公 説ばず。伯樂を召して之を問いて曰く、「敗れたり。子の使いて求めしむる所の者。毛物・牝牡すら知る能わず、又た何ぞ馬を能く知らんや」と。伯樂 喟然として大息して曰く、「一に此に至れるか。是れ乃ち其の臣に千萬して數無き所以の者なり。堙の觀る所の若き者は、天機なり。其の精を得て其の粗を忘れ、内に在りて其の外を忘れ、其の見る所を見て其の見ざる所を見ず、其の視る所を視て其の視ざる所を遺る。彼の相する所の若き者は、乃ち馬より貴き者有らん」と。馬 至りて、果たして千里の馬なり。故に老子曰く、「大直は屈するが若く、大巧は拙なるが若し」と。
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『淮南子』道應訓齊の王后 死す。王 後を置かんと欲して未だ定まらず。群臣をして議せしむ。薛公 王の意に中らんと欲し、因りて十珥を獻じて其の一を美にす。旦日、因りて美珥の在る所を問う。因りて立てて以て王后と爲さんことを勸む。齊王 大いに説び、遂に薛公を尊重す。故に人主の意欲 外に見わるれば、則ち人臣の制する所と爲る。故に老子曰く、「其の兌を塞ぎ、其の門を閉ざせば、終身 勤れず」と。

人生を、一行の式にしてみた。
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