管子 / 小問
桓公放春三月觀於野。桓公曰:「何物可比於君子之德乎?」隰朋對曰:「夫粟,内甲以處,中有卷城,外有兵刃,未敢自恃,自命曰粟,此其可比於君子之德乎!」管仲曰:「苗,始其少也,眴眴乎何其孺子也!至其壯也,莊莊乎何其士也!至其成也,由由乎兹免,何其君子也!天下得之則安,不得則危,故命之曰禾。此其可比於君子之德矣。」桓公曰:「善。」
新字:桓公放春三月観於野。桓公曰:「何物可比於君子之徳乎?」隰朋対曰:「夫粟,内甲以処,中有巻城,外有兵刃,未敢自恃,自命曰粟,此其可比於君子之徳乎!」管仲曰:「苗,始其少也,眴眴乎何其孺子也!至其壮也,荘荘乎何其士也!至其成也,由由乎茲免,何其君子也!天下得之則安,不得則危,故命之曰禾。此其可比於君子之徳矣。」桓公曰:「善。」
書き下し
桓公春三月に放びて野に觀る。桓公曰く、「何物か君子の德に比す可きか」と。隰朋對えて曰く、「夫れ粟は、甲を内にして處り、中に卷城有り、外に兵刃有るも、未だ敢えて自ら恃まず、自ら命じて粟と曰う。此れ其れ君子の德に比す可きか」と。管仲曰く、「苗は、其の少なきに始まるや、眴眴乎として何ぞ其れ孺子なるや。其の壯なるに至るや、莊莊乎として何ぞ其れ士なるや。其の成るに至るや、由由乎として兹に免れ、何ぞ其れ君子なるや。天下之を得れば則ち安く、得ざれば則ち危うし、故に之を命じて禾と曰う。此れ其れ君子の德に比す可し」と。桓公曰く、「善し」と。
現代語訳
桓公が春三月に野に出て眺めた。桓公が言った。何が君子の徳になぞらえられるか。隰朋が答えた。粟は、殻を内にして身を置き、なかに巻いた城があり、外には刃のような芒があります。それでいてあえて自分を頼まず、みずから粟と名乗るだけです。これが君子の徳になぞらえられるのではないでしょうか。管仲が言った。苗は、まだ小さいころは目をぱちぱちさせて、なんと幼子のようであることか。育ってくると、きりっとして、なんと士のようであることか。実るころには、ゆったりとしてそこから抜け出て、なんと君子のようであることか。天下がこれを得れば安らかで、得なければ危うい。だからこれを禾と名づける。これこそ君子の徳になぞらえられます。桓公は、よい、と言った。
解説
この章句が説くこと
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