管子 / 小問
桓公問管仲曰:「寡人欲霸,以二三子之功,既得霸矣。今吾欲有王,其可乎?」管仲對曰:「公當召叔牙而問焉。」鮑叔至,公又問焉。鮑叔對曰:「公當召賓胥無而問焉。」賓胥無趨而進,公又問焉。賓胥無對曰:「古之王者,其君豐其臣教。今君之臣豐公遵遁繆然逺,二三子遂徐行而進。公曰:「昔者大王賢,王季賢,文王賢,武王賢。武王伐殷,克之,七年而崩。周公旦輔成王而治天下,僅能制於四海之内矣。今寡人之子不若寡人,寡人不若二三子。以此觀之,則吾不王必矣。」
新字:桓公問管仲曰:「寡人欲覇,以二三子之功,既得覇矣。今吾欲有王,其可乎?」管仲対曰:「公当召叔牙而問焉。」鮑叔至,公又問焉。鮑叔対曰:「公当召賓胥無而問焉。」賓胥無趨而進,公又問焉。賓胥無対曰:「古之王者,其君豊其臣教。今君之臣豊公遵遁繆然遠,二三子遂徐行而進。公曰:「昔者大王賢,王季賢,文王賢,武王賢。武王伐殷,克之,七年而崩。周公旦輔成王而治天下,僅能制於四海之内矣。今寡人之子不若寡人,寡人不若二三子。以此観之,則吾不王必矣。」
書き下し
桓公管仲に問いて曰く、「寡人霸たらんと欲し、二三子の功を以て、既に霸を得たり。今吾王たること有らんと欲す、其れ可ならんか」と。管仲對えて曰く、「公當に叔牙を召して焉に問うべし」と。鮑叔至る、公又た焉に問う。鮑叔對えて曰く、「公當に賓胥無を召して焉に問うべし」と。賓胥無趨りて進む、公又た焉に問う。賓胥無對えて曰く、「古の王者は、其の君豐かにして其の臣教う。今君の臣は豐かなり」。公遵遁繆然として逺ざかり、二三子遂に徐ろに行きて進む。公曰く、「昔者大王賢、王季賢、文王賢、武王賢なり。武王殷を伐ちて之に克ち、七年にして崩ず。周公旦成王を輔けて天下を治め、僅かに能く四海の内を制せしのみ。今寡人の子は寡人に若かず、寡人は二三子に若かず。此を以て之を觀れば、則ち吾王たらざること必せり」と。
現代語訳
桓公が管仲に問うた。私は覇者になりたいと思い、あなたたちの功によってすでに覇者となった。いま私は王になりたいと思う。できるだろうか。管仲が答えた。公は叔牙を召してお尋ねください。鮑叔が来て、公はまた尋ねた。鮑叔が答えた。公は賓胥無を召してお尋ねください。賓胥無が小走りに進み出て、公はまた尋ねた。賓胥無が答えた。昔の王者は、その君が豊かでその臣が教えました。いまの君の臣は豊かです。〔ここで底本は引用の閉じが落ちている〕公は身を引くようにして遠ざかり、家臣たちはゆっくり歩いて進み出た。公が言った。昔、大王も王季も文王も武王も賢かった。武王は殷を討って勝ち、七年で亡くなった。周公旦が成王を助けて天下を治め、ようやく四海の内を制することができた。いま私の子は私に及ばず、私はあなたたちに及ばない。これで見れば、私が王になれないのは決まっている。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』小問桓公管仲に謂いて曰く、「吾大國の服せざる者を伐たんと欲す、奈何」と。管仲對えて曰く、「先ず四封の内を愛し、然る後に以て竟外の不善なる者を惡む可し。先ず卿大夫の家を定め、然る後に以て鄰の敵國を危うくす可し。是の故に先王は必ず置く有り、然る後に廢する有り。必ず利する有り、然る後に害する有り」と。桓公位に踐み、社に釁り禱を塞ぐを令す。祝鳬已疪胙を獻ず。祝して曰く、「君の苛疾を除かんこと、若の虚多くして實少なきと與にせん」と。桓公説ばず、目を瞑じて祝鳬已疪を視る。祝鳬已疪酒を授けて之を祭る。曰く、「又た君の若賢と與にせん」と。桓公怒り、將に之を誅せんとして未だせざるに、以て管仲に復す。管仲是に於いて桓公の以て霸たる可きを知る。
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『管子』小匡是の故に天下の桓公に於けるや、遠國の民は望むこと父母の如く、近國の民は從うこと流水の如し。故に地を行くこと滋々遠くして、人を得ること彌々衆し、是れ何ぞや。其の文を懷いて其の武を畏るればなり。故に無道を殺し、周室を定む、天下之を能く圉ぐもの莫きは、武事立てばなり。三革を定め、五兵を偃せ、朝服して以て河を濟り、而して怵惕する無きは、文事勝てばなり。是の故に大國の君は慙媿し、小國の諸侯は附比す。是の故に大國の君は事うること臣僕の如く、小國の諸侯は驩ぶこと父母の如し。夫れ然り、故に大國の君は尊からず、小國の諸侯は卑しからず。是の故に大國の君は驕らず、小國の諸侯は懾れず。是に於いて廣地を列ねて以て狹地を益し、有財を損じて以て無財に與う。其の君子を周くして、成功を失わず。其の小人を周くして、成命を失わず。夫れ是くの如くんば、居處すれば則ち順、出づれば則ち成功有り、甲兵を動かすの事を稱えずして、以て文・武の迹を天下に遂ぐ。桓公能く其の羣臣の謀を假りて以て其の智を益すなり、其の相は夷吾と曰い、大夫は戚・隰朋・賓胥無・鮑叔牙と曰う。此の五子を用うる者は何ぞや、功義を度り、德を光らかにし法を繼ぎ、終わりを紹ぎて以て後嗣に遺す。孝を昭穆に貽し、大いに天下に霸たり、名聲廣裕にして、掩う可からざるなり。則ち唯だ明君上に在り、察相下に在ればなり。
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『管子』小匡桓公管仲を召して謀る。管仲對えて曰く、「君と為りて君ならず、臣と為りて臣ならざるは、亂の本なり」と。桓公曰く、「余乘車の會三たび、兵車の會六たび、九たび諸侯を合わせ、一たび天下を匡す。北は孤竹・山戎・穢貉に至り、秦夏を拘え、西は流沙・西虞に至り、南は吳・越・巴・䍧牱・不庾・雕題・黑齒、荊夷の國に至るまで、寡人の命に違う莫し、而して中國我を卑しむ。昔三代の命を受くる者、其れ此に異ならんや」と。管子對えて曰く、「夫れ鳳皇鸞鳥降らずして、鷹隼鴟梟豐かなり。庶神格らず、守は兆さず、粟を握りて筮する者屢々中たる。時雨甘露降らずして、飄風暴雨數々臻る。五穀蕃らず、六畜育たずして、蓬蒿藜並び興る。夫れ鳳皇の文は、德義を前にし、日昌を後にす。昔人の命を受くる者は、龍假り、河は圖を出だし、雒は書を出だし、地は乘黄を出だす。今三祥未だ見わるる有らず、受命と曰うと雖も、乃ち諸を失う無からんや」と。
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『管子』霸形桓公位に在り、管仲・隰朋見ゆ、立つこと間有り、貳鴻の飛びて之を過ぐる有り。桓公歎じて曰く、「仲父、今彼の鴻鵠は時有りて南し、時有りて北し、時有りて往き、時有りて來たる。四方遠き無く、至らんと欲する所に至る。唯だ羽翼有るの故のみに非ず、是を以て能く其の意を天下に通ずるか」と。管仲・隰朋對えず。桓公曰く、「二子何の故に對えざる」と。管子對えて曰く、「君に霸王の心有り、而して夷吾は霸王の臣に非ざるなり、是を以て敢えて對えず」と。桓公曰く、「仲父胡為れぞ然る、盍ぞ言に當たらざる、寡人其れ鄉かう有らんや。寡人の仲父有るは、猶お飛鴻の羽翼有るがごときなり、大水を濟るに舟楫有るが若きなり。仲父一言も寡人に教えずんば、寡人の耳有る、將に安くにか道を聞きて度を得んとするや」と。管子對えて曰く、「君若し將に霸王たらんと欲し、大事を舉げんとせば、則ち必ず其の本事に從え」と。
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『新序』雜事第四有司吏を齊の桓公に請う。桓公曰く、以て仲父に告げよ、と。有司又た請う。桓公曰く、以て仲父に告げよ、と。是くの若き者三たびなり。側に在る者曰く、一たびは則ち仲父に告げよ、二たびは則ち仲父に告げよ。易きかな君爲るは、と。桓公曰く、吾未だ仲父を得ざれば則ち難し。已に仲父を得たり。曷爲れぞ其れ易からざらんや、と。故に王者は人を求むるに勞し、賢を得るに佚す。舜衆賢を舉げて位に在らしめ、衣裳を垂れ、己を恭しくして爲す無くして、天下治まる。湯・文は伊・呂を用い、成王は周・召を用いて、刑措きて用いず、兵偃して動かず。衆賢を用うればなり。桓公管仲を用うるは則ち小なり。故に霸に至りて、以て王たる能わず。故に孔子曰く、小なるかな、管仲の器、と。蓋し其の桓公に遇いしを善しとし、其の以て王たる能わざるを惜しむなり。明主に至りては則ち然らず。用うる所大なり。詩に曰く、濟濟たる多士、文王以て寧し、と。此の謂いなり。
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『管子』戒桓公蹵然として逡遁す。管仲曰く、「昔先王の人を理むるや、蓋し人に勞を患うる有れども、上之を使うに時を以てすれば、則ち人勞を患えざるなり。人飢えを患うれども、上薄く斂むれば、則ち人飢えを患えず。人死を患うれども、上刑を寛くすれば、則ち人死を患えず。此くの如くして德有るに近づきて色有るに遠ざかれば、則ち四封の内君を視ること其れ猶お父母のごとくならんか、四方の外君に歸すること其れ猶お流水のごとくならんか」と。公射を輟め、綏を援きて乘り、自ら御し、管仲を左と為し、隰朋參乘す。朔月三日、二子を里官に進め、再拜頓首して曰く、「孤の二子の言を聞くや、耳聰を加え視明を加う、孤に於いて敢えて獨り之を聽かず、之を先祖に薦む」と。管仲・隰朋再拜頓首して曰く、「君の王たるが如きは、此れ臣の言に非ざるなり、君の教なり」と。是に於いて管仲と桓公と盟誓して令を為して曰く、「老弱は刑する勿かれ、參たび宥して而る後に弊し、關は幾して正せず、市は正して布せず、山林梁澤は時を以て禁發して、正せざるなり」と。草を封じ澤鹽する者の之に歸するや、譬えば市人の若し。三年人を教え、四年賢を選びて以て長と為し、五年始めて車を興し乘を踐む。遂に南のかた楚を伐ち、城に門施す。北のかた山戎を伐ち、冬蔥と戎菽とを出だして之を天下に布く。果たして三たび天子を匡し、而して九たび諸侯を合わす。