管子 / 小匡
是故天下之於桓公,逺國之民望如父母,近國之民從如流水。故行地滋逺,得人彌衆,是何也?懐其文而畏其武。故殺無道,定周室,天下莫之能圉,武事立也。定三革,偃五兵,朝服以濟河,而無怵惕焉,文事勝也。是故大國之君慙媿,小國諸侯附比。是故大國之君事如臣僕,小國諸侯驩如父母。夫然,故大國之君不尊,小國諸侯不卑。是故大國之君不驕,小國諸侯不懾。於是列廣地以益狹地,損有財以與無財。周其君子,不失成功。周其小人,不失成命。夫如是,居處則順,出則有成功,不稱動甲兵之事,以遂文、武之迹於天下。桓公能假其羣臣之謀以益其智也,其相曰夷吾,大夫曰戚、隰朋、賔胥無、鮑叔牙。用此五子者何功度義,光徳繼法,紹終以遺後嗣。貽孝昭穆,大霸天下,名聲廣裕,不可掩也。則唯有明君在上,察相在下也。
新字:是故天下之於桓公,遠国之民望如父母,近国之民従如流水。故行地滋遠,得人弥衆,是何也?懐其文而畏其武。故殺無道,定周室,天下莫之能圉,武事立也。定三革,偃五兵,朝服以済河,而無怵惕焉,文事勝也。是故大国之君慙愧,小国諸侯附比。是故大国之君事如臣僕,小国諸侯驩如父母。夫然,故大国之君不尊,小国諸侯不卑。是故大国之君不驕,小国諸侯不懾。於是列広地以益狭地,損有財以与無財。周其君子,不失成功。周其小人,不失成命。夫如是,居処則順,出則有成功,不称動甲兵之事,以遂文、武之迹於天下。桓公能仮其羣臣之謀以益其智也,其相曰夷吾,大夫曰戚、隰朋、賔胥無、鮑叔牙。用此五子者何功度義,光徳継法,紹終以遺後嗣。貽孝昭穆,大覇天下,名声広裕,不可掩也。則唯有明君在上,察相在下也。
書き下し
是の故に天下の桓公に於けるや、遠國の民は望むこと父母の如く、近國の民は從うこと流水の如し。故に地を行くこと滋々遠くして、人を得ること彌々衆し、是れ何ぞや。其の文を懷いて其の武を畏るればなり。故に無道を殺し、周室を定む、天下之を能く圉ぐもの莫きは、武事立てばなり。三革を定め、五兵を偃せ、朝服して以て河を濟り、而して怵惕する無きは、文事勝てばなり。是の故に大國の君は慙媿し、小國の諸侯は附比す。是の故に大國の君は事うること臣僕の如く、小國の諸侯は驩ぶこと父母の如し。夫れ然り、故に大國の君は尊からず、小國の諸侯は卑しからず。是の故に大國の君は驕らず、小國の諸侯は懾れず。是に於いて廣地を列ねて以て狹地を益し、有財を損じて以て無財に與う。其の君子を周くして、成功を失わず。其の小人を周くして、成命を失わず。夫れ是くの如くんば、居處すれば則ち順、出づれば則ち成功有り、甲兵を動かすの事を稱えずして、以て文・武の迹を天下に遂ぐ。桓公能く其の羣臣の謀を假りて以て其の智を益すなり、其の相は夷吾と曰い、大夫は戚・隰朋・賓胥無・鮑叔牙と曰う。此の五子を用うる者は何ぞや、功義を度り、德を光らかにし法を繼ぎ、終わりを紹ぎて以て後嗣に遺す。孝を昭穆に貽し、大いに天下に霸たり、名聲廣裕にして、掩う可からざるなり。則ち唯だ明君上に在り、察相下に在ればなり。
現代語訳
だから天下にとって桓公は、遠い国の民は父母のように仰ぎ、近い国の民は流れる水のように従った。だから足を運ぶ距離が遠くなるほど、得る人が多くなった。なぜか。その文を慕い、その武を畏れたからである。だから道に外れた者を討ち周の王室を定め、天下に防げる者がなかったのは、武の事が立っていたからである。三つの革を定め五つの武器を伏せ、朝服のまま河を渡っても恐れがなかったのは、文の事が勝っていたからである。だから大国の君は恥じ入り、小国の諸侯は寄り従った。大国の君は臣僕のように仕え、小国の諸侯は父母のように喜んだ。そうであるから、大国の君は尊すぎず、小国の諸侯は卑しくない。だから大国の君は驕らず、小国の諸侯は怯えない。そこで広い土地を並べて狭い土地に足し、財のあるところを減らして財のないところに与えた。その君子には行き渡らせて成功を失わせず、その小人にも行き渡らせて成命を失わせない。こうであれば、居れば順であり、出れば功があり、武具を動かす事を称えることなく、文王と武王の跡を天下に遂げた。桓公は群臣のはかりごとを借りて自分の知恵を増やすことができた。その宰相を夷吾といい、大夫を戚、隰朋、賓胥無、鮑叔牙という。この五人を用いたのはなぜか。功と義をはかり、徳を輝かせ法を継ぎ、終わりをつないで後の世に遺すためである。孝を先祖に伝え、大いに天下に覇となり、名声は広く豊かで、覆い隠せない。それはただ、明君が上にあり、鋭い宰相が下にあったからである。
解説
この章句が説くこと
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『管子』小匡四鄰大いに親しむ。既に其の侵地を反し、其の封疆を正す、地は南は岱陰に至り、西は濟に至り、北は海に至り、東は紀隨に至る、地は方三百六十里。三歳にして治定まり、四歳にして教成り、五歳にして兵出づ、教士三萬人、革車八百乘有り。諸侯多く沈亂して、天子に服せず、是に於いてか桓公東のかた徐州を救い、吳を分かつこと半ば、魯の蔡陵を存し、越の地を割く。南は宋・鄭に據り、楚を征伐し、汝水を濟り、方地を踰え、文山を望み、絲を周室に貢せしめ、成周胙を隆嶽に反し、荊州の諸侯、來たり服せざる莫し。中は晉公を救い、狄王を禽にし、胡貉を敗り、屠何を破りて、騎寇始めて服す。北のかた山戎を伐ち、泠支を制し、孤竹を斬りて、九夷始めて聽く。海濱の諸侯、來たり服せざる莫し。西のかた征し、白狄の地を攘い、遂に西河に至る。舟を方べ柎を投じ、桴に乘りて河を濟る。石沈に至り、車を縣け馬を束ね、大行を踰ゆ。卑耳の貉と、秦夏を拘う。西のかた流沙西虞を服して、秦戎始めて從う。故に兵一たび出でて大功十二。故に東夷・西戎・南蠻・北狄・中諸侯、國として賓服せざる莫し。
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『管子』小匡桓公天下の小國の諸侯の己に與する多きを知るなり、是に於いて又た大いに忠を施す。憂いと為す可き者は之が為に憂え、謀と為す可き者は之が為に謀り、動と為す可き者は之が為に動く。譚・萊を伐ちて有たざるなり、諸侯仁と稱す。齊國の魚鹽を東萊に通じ、關市をして幾して正せず、壥して稅せざらしめ、以て諸侯の利と為す、諸侯寛と稱す。蔡・鄢陵・培夏・靈父丘を築き、以て戎狄の地を衛る、諸侯に暴を禁ずる所以なり。五鹿・中牟・鄴・蓋と社丘とを築き、以て諸夏の地を衛る、中國に勸を示す所以なり。教大いに成る。
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『管子』小匡是に於いて天下の諸侯桓公の己が為に勤むるを知るなり、是を以て諸侯の之に歸するや譬えば市人の若し。桓公諸侯の己に歸するを知る、故に其の幣を輕くして其の禮を重くせしむ。故に天下の諸侯をして疲馬犬羊を以て幣と為さしめ、齊は良馬を以て報ゆ。諸侯縷帛布鹿皮四分を以て幣と為し、齊は文錦虎豹皮を以て報ゆ。諸侯の使、櫜を垂れて入り、攟載して歸る。故に之を鈞しくするに愛を以てし、之を致すに利を以てし、之を結ぶに信を以てし、之に示すに武を以てす。是の故に天下の小國の諸侯既に桓公に服し、之を敢えて倍きて歸するもの莫し、其の愛を喜びて其の利を貪り、其の仁を信じて其の武を畏る。
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『管子』戒桓公蹵然として逡遁す。管仲曰く、「昔先王の人を理むるや、蓋し人に勞を患うる有れども、上之を使うに時を以てすれば、則ち人勞を患えざるなり。人飢えを患うれども、上薄く斂むれば、則ち人飢えを患えず。人死を患うれども、上刑を寛くすれば、則ち人死を患えず。此くの如くして德有るに近づきて色有るに遠ざかれば、則ち四封の内君を視ること其れ猶お父母のごとくならんか、四方の外君に歸すること其れ猶お流水のごとくならんか」と。公射を輟め、綏を援きて乘り、自ら御し、管仲を左と為し、隰朋參乘す。朔月三日、二子を里官に進め、再拜頓首して曰く、「孤の二子の言を聞くや、耳聰を加え視明を加う、孤に於いて敢えて獨り之を聽かず、之を先祖に薦む」と。管仲・隰朋再拜頓首して曰く、「君の王たるが如きは、此れ臣の言に非ざるなり、君の教なり」と。是に於いて管仲と桓公と盟誓して令を為して曰く、「老弱は刑する勿かれ、參たび宥して而る後に弊し、關は幾して正せず、市は正して布せず、山林梁澤は時を以て禁發して、正せざるなり」と。草を封じ澤鹽する者の之に歸するや、譬えば市人の若し。三年人を教え、四年賢を選びて以て長と為し、五年始めて車を興し乘を踐む。遂に南のかた楚を伐ち、城に門施す。北のかた山戎を伐ち、冬蔥と戎菽とを出だして之を天下に布く。果たして三たび天子を匡し、而して九たび諸侯を合わす。
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呂氏春秋・勿躬③管子、桓公に復して曰く、「田を墾き邑を大にし、土を辟き粟を藝え、地力の利を盡くすは、臣、甯遬に若かず。請う置きて以て大田と為さん。登降辭讓にして、進退閑習なるは、臣、隰朋に若かず。請う置きて以て大行と為さん。蚤に入り晏く出で、君の顏色を犯し、諫めを進むること必ず忠に、死亡を辟けず、貴富を重んぜざるは、臣、東郭牙に若かず。請う置きて以て大諫臣と為さん。平原廣域、車は軌を結ばず、士、踵を旋らさず、之に鼓すれば、三軍の士、死を視ること歸るが如きは、臣、王子城父に若かず。請う置きて以て大司馬と為さん。獄を決するに中を折め、不辜を殺さず、無罪を誣いざるは、臣、弦章に若かず。請う置きて以て大理と為さん。君若し國を治め兵を彊くせんと欲せば、則ち五子の者にして足りなん。君、霸王たらんと欲せば、則ち夷吾此に在り。」桓公曰く、「善し。」五子をして皆其の事に任ぜしめ、以て令を管子に受けしむ。十年にして、諸侯を九合し、天下を一匡せしは、皆夷吾と五子の能なり。管子は人臣なり、己の不能に任ぜずして、以て五子の能を盡くせり。況んや人主に於いてをや。人主、能不能の以て民に君たる可きを知れば、則ち幽詭愚險の言、職らざる無く,百官有司の事、力を畢くし智を竭くす。五帝三皇の民に君たるや、下固より力を畢くし智を竭くすに過ぎざるなり。夫れ人に君たりて、其の能・勇・力・誠・信を恃む無きを知れば、則ち之に近し。凡そ君なる者は、平靜に處り、德化に任じて以て其の要を聽く。此くの若くなれば則ち形性彌々羸ちて、耳目愈々精に、百官職を慎みて、敢て愉綖すること莫く、人其の事を事として、以て其の名を充たす。名實相保つ、之を道を知ると謂う。
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『管子』小問桓公管仲に問いて曰く、「寡人霸たらんと欲し、二三子の功を以て、既に霸を得たり。今吾王たること有らんと欲す、其れ可ならんか」と。管仲對えて曰く、「公當に叔牙を召して焉に問うべし」と。鮑叔至る、公又た焉に問う。鮑叔對えて曰く、「公當に賓胥無を召して焉に問うべし」と。賓胥無趨りて進む、公又た焉に問う。賓胥無對えて曰く、「古の王者は、其の君豐かにして其の臣教う。今君の臣は豐かなり」。公遵遁繆然として逺ざかり、二三子遂に徐ろに行きて進む。公曰く、「昔者大王賢、王季賢、文王賢、武王賢なり。武王殷を伐ちて之に克ち、七年にして崩ず。周公旦成王を輔けて天下を治め、僅かに能く四海の内を制せしのみ。今寡人の子は寡人に若かず、寡人は二三子に若かず。此を以て之を觀れば、則ち吾王たらざること必せり」と。