管子 / 小問
公曰:「致天下之精材若何?」管子對曰:「五而六之,九而十之,不可為數。」公曰:「來工若何?」管子對曰:「三倍不逺千里。」桓公曰:「吾已知戰勝之器,攻取之數矣。請問行軍襲邑,舉錯而知先後,不失地利,若何?」管子對曰:「用貨察圖。」公曰:「野戰必勝,若何?」管子對曰:「以奇。」公曰:「吾欲徧知天下,若何?」管子對曰:「小以吾不識,則天下不足識也。」公曰:「守戰逺見有患,夫民不必死,則不可與出乎守戰之難。不必信,則不可恃而外知。夫恃不死之民,而求以守戰;恃不信之民而求以外知,此兵之三闇也。
新字:公曰:「致天下之精材若何?」管子対曰:「五而六之,九而十之,不可為数。」公曰:「来工若何?」管子対曰:「三倍不遠千里。」桓公曰:「吾已知戦勝之器,攻取之数矣。請問行軍襲邑,舉錯而知先後,不失地利,若何?」管子対曰:「用貨察図。」公曰:「野戦必勝,若何?」管子対曰:「以奇。」公曰:「吾欲遍知天下,若何?」管子対曰:「小以吾不識,則天下不足識也。」公曰:「守戦遠見有患,夫民不必死,則不可与出乎守戦之難。不必信,則不可恃而外知。夫恃不死之民,而求以守戦;恃不信之民而求以外知,此兵之三闇也。
書き下し
公曰く、「天下の精材を致すは若何」と。管子對えて曰く、「五にして之を六にし、九にして之を十にす、數を為す可からず」と。公曰く、「工を來たすは若何」と。管子對えて曰く、「三倍なれば千里を逺しとせず」と。桓公曰く、「吾已に戰勝の器、攻取の數を知れり。請う問う、軍を行り邑を襲い、舉錯して先後を知り、地利を失わざるは、若何」と。管子對えて曰く、「貨を用いて圖を察す」と。公曰く、「野戰必ず勝つは、若何」と。管子對えて曰く、「奇を以てす」と。公曰く、「吾徧く天下を知らんと欲す、若何」と。管子對えて曰く、「小しく吾が識らざるを以てすれば、則ち天下識るに足らざるなり」と。公曰く、「守戰逺見に患い有り。夫れ民必ずしも死せざれば、則ち與に守戰の難に出づ可からず。必ずしも信ならざれば、則ち恃みて外を知る可からず。夫れ死せざるの民を恃みて、以て守戰を求め、信ならざるの民を恃みて以て外を知るを求む、此れ兵の三闇なり。
現代語訳
公が言った。天下の精しい材を集めるにはどうするか。答えた。五のものを六にし、九のものを十にする。数え上げるほどではありません。公が言った。工人を招くにはどうするか。答えた。三倍出せば千里を遠いとしません。桓公が言った。戦に勝つ道具と攻め取る手立ては分かった。では軍を進め邑を襲うとき、動きの先後を知り、土地の利を外さないにはどうするか。答えた。財を使い、図を調べます。公が言った。野戦で必ず勝つにはどうするか。答えた。奇によります。公が言った。天下をあまねく知りたい。どうするか。答えた。自分が知らないところを少し示せば、天下は知るに足りないものになります。公が言った。守りと戦い、遠くを見ることに患いがある。民が必ず死ぬ気でなければ、共に守りと戦いの難に出られない。必ず信がなければ、頼りにして外のことを知れない。死ぬ気のない民を頼りに守りと戦いを求め、信のない民を頼りに外を知ろうとする。これが兵の三つの暗さである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人に器量を選ふ事後の世は瑣細なる気遣ひ強くして大なる益あることを知らず、是御器量の各別に違ひ玉へる所也、申すも愚かなる御ことなれとも、東照宮の御ことには感し奉る御こと多し、惣して人を御前へ召し玉ふに、加判の面々より諸番頭諸物頭諸役人も出つる、又軽き番衆なども皆不時に召され、或は御政務御用の筋を仰せ談せらるゝこともあり、或は其の者の先祖のことなど仰せらるゝこともあり、或ひは御酒を飲ませ、或は御庭の石を直させ御覧あることもあり、或は御なぶりなされて引き込む者もあり、何も取りさだめず埓もなきやうの御ことなりと承はる、最初御小身より天下を知し召したる故、御行儀は兎角あそばされすと舌の長きまゝに評判するものもあれとも、只神応の奥深くましますことを感し奉るなり、重立ちたる御役人ばかりを召して御用の筋計りを仰せ談せられて事すむべきことなれとも、御存しあるまじき筋の儀を仰出さるゝ事あるとき、御前へ出づる人極まるときは是誰が申し上げたるらんと云ふこと大方推量もなるものなる故、斯る御ことゝ存し奉るなり、其の上末のものまでも御旗本の面々なづき奉りしことは斯る御こと故一入なるべしと存し奉るなり、
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