管子 / 內業
凡人之生也,必以平正,所以失之,必以喜怒憂患。是故止怒莫若詩,去憂莫若樂,節樂莫若禮,守禮莫若敬,守敬莫若靜。内靜外敬,能反其性,性將大定。凡食之道,大充傷而形不臧,大攝骨枯而血沍。充攝之間,此謂和成。精之所舍,而知之所生。飢飽之失度,乃為之圖。飽則疾動,飢則廣思,老則長慮。飽不疾動,氣不通於四末。飢不廣思,飽而不廢。老不長慮,困乃遫竭。大心而敢,寛氣而廣。其形安而不移,能守一而弃萬苛,見利不誘,見害不懼,寛舒而仁,獨樂其身,是謂雲氣,意行似天。
新字:凡人之生也,必以平正,所以失之,必以喜怒憂患。是故止怒莫若詩,去憂莫若楽,節楽莫若礼,守礼莫若敬,守敬莫若静。内静外敬,能反其性,性将大定。凡食之道,大充傷而形不臧,大摂骨枯而血沍。充摂之間,此謂和成。精之所舎,而知之所生。飢飽之失度,乃為之図。飽則疾動,飢則広思,老則長慮。飽不疾動,気不通於四末。飢不広思,飽而不廃。老不長慮,困乃遫竭。大心而敢,寛気而広。其形安而不移,能守一而弃万苛,見利不誘,見害不懼,寛舒而仁,独楽其身,是謂雲気,意行似天。
書き下し
凡そ人の生くるや、必ず平正を以てす。之を失う所以は、必ず喜怒憂患を以てす。是の故に怒を止むるは詩に若くは莫く、憂を去るは樂に若くは莫く、樂を節するは禮に若くは莫く、禮を守るは敬に若くは莫く、敬を守るは静に若くは莫し。内静かに外敬しければ、能く其の性に反り、性將に大いに定まらんとす。凡そ食の道は、大いに充つれば傷りて形臧からず、大いに攝むれば骨枯れて血沍る。充と攝との間、此れを和成と謂う。精の舍る所にして、知の生ずる所なり。飢飽の度を失うは、乃ち之が圖を為す。飽けば則ち疾く動き、飢うれば則ち廣く思い、老いては則ち長く慮る。飽きて疾く動かざれば、氣四末に通ぜず。飢えて廣く思わざれば、飽きて廢せず。老いて長く慮らざれば、困しみて乃ち遫やかに竭く。心を大にして敢えにし、氣を寛くして廣くす。其の形安んじて移らず、能く一を守りて萬苛を弃て、利を見て誘われず、害を見て懼れず、寛舒にして仁、獨り其の身を樂しむ、是を雲氣と謂い、意行天に似たり。
現代語訳
人が生きるのは、必ず平らかで正しいことによる。それを失うのは、必ず喜びと怒りと憂いと患いによる。だから怒りを止めるには詩にまさるものがなく、憂いを去るには楽にまさるものがなく、楽を節するには礼にまさるものがなく、礼を守るには敬にまさるものがなく、敬を守るには静けさにまさるものがない。内が静かで外が敬しければ、その性に立ち返れて、性は大いに定まろうとする。食の道は、あまりに満たせば体を損ない姿がよくならず、あまりに切り詰めれば骨は枯れ血は凍る。満たすと切り詰めるのあいだ、これを和が成るという。そこが精の宿るところであり、知の生まれるところである。飢えと飽きが度を失うなら、そこに手を打つ。満ちていれば素早く動き、飢えていれば広く思い、老いては長く考える。満ちていて素早く動かなければ、気は手足の先まで通じない。飢えていて広く思わなければ、飽きたときに切り上げられない。老いて長く考えなければ、苦しんですぐに尽きる。心を大きくして思い切り、気をゆったり広くする。その姿は安らかで移らず、一つを守って多くの煩わしさを捨て、利を見ても誘われず、害を見ても懼れず、ゆったりして仁があり、ひとりで自分の身を楽しむ。これを雲の気といい、その意と行いは天に似ている。
解説
この章句が説くこと
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