鬼谷子 / 権篇
故曰:辭言五、曰病、曰怨、曰憂、曰怒、曰喜。病者、感衰氣而不神也。恐者、腸絶而無主也。憂者、閉塞而不泄也。怒者、妄動而不治也。喜者、宣散而無要也。
新字:故曰:辞言五、曰病、曰怨、曰憂、曰怒、曰喜。病者、感衰気而不神也。恐者、腸絶而無主也。憂者、閉塞而不泄也。怒者、妄動而不治也。喜者、宣散而無要也。
書き下し
故に曰く、辭言に五有り。曰く病、曰く怨、曰く憂、曰く怒、曰く喜、と。病とは、衰氣に感じて神ならざるなり。恐とは、腸絶えて主無きなり。憂とは、閉塞して泄れざるなり。怒とは、妄りに動きて治まらざるなり。喜とは、宣散して要無きなり。
現代語訳
だから言う。言葉には五つの状態がある。病、怨み、憂い、怒り、喜びである。病とは、衰えた気に感じて精神がはたらかないことである。恐れとは、はらわたが絶えて主がないことである。憂いとは、塞がって漏れ出ないことである。怒りとは、みだりに動いて治まらないことである。喜びとは、広がり散って要がないことである。
解説
言葉が乱れる五つの状態が挙げられます。注意すべきは、五つを列挙したあとの説明で「怨」ではなく「恐」が解説されていることです。伝写の過程で入れ替わったと見られ、いま出回っている本もここは揃っていません。師導では底本のまま収めています。内容としては、五つとも「その状態のときの言葉は当てにならない」という診断です。喜びのときの言葉は要を欠き、怒りのときの言葉は治まらない。相手の言葉を評価する前に、いまどの状態にあるかを見る。自分についても同じです。
この章句が説くこと
辞言に五有り喜とは宣散して要無きなり感情自制観察判断
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