管子 / 水地
伏闇能存而能亡者,蓍與龍是也。生於水,發之於火,於是為萬物先,為禍福正。龍生於水,被五色而游,故神。欲小則化如蠶蠋,欲大則藏於天下,欲上則凌於雲氣,欲下則入於深泉。變化無日,上下無時,謂之神。與龍,伏闇能存而能亡者也。
新字:伏闇能存而能亡者,蓍与竜是也。生於水,発之於火,於是為万物先,為禍福正。竜生於水,被五色而游,故神。欲小則化如蠶蠋,欲大則蔵於天下,欲上則凌於雲気,欲下則入於深泉。変化無日,上下無時,謂之神。与竜,伏闇能存而能亡者也。
書き下し
伏し闇くして能く存し能く亡ぶる者は、蓍と龍と是れなり。水に生じ、火に發す、是に於いて萬物の先と為り、禍福の正と為る。龍は水に生じ、五色を被りて游ぐ、故に神なり。小ならんと欲すれば則ち化すること蠶蠋の如く、大ならんと欲すれば則ち天下に藏まり、上らんと欲すれば則ち雲氣を凌ぎ、下らんと欲すれば則ち深泉に入る。變化に日無く、上下に時無し、之を神と謂う。蓍と龍とは、伏し闇くして能く存し能く亡ぶる者なり。
現代語訳
隠れて暗いところにいて、あることもでき、なくなることもできるのは、蓍と龍である。水から生まれ、火によって現れる。だから万物の先立ちとなり、禍と福を正すものとなる。龍は水から生まれ、五つの色をまとって泳ぐ。だから神である。小さくなろうとすれば蚕のように変わり、大きくなろうとすれば天下に隠れ、上ろうとすれば雲を越え、下ろうとすれば深い泉に入る。変化に決まった日がなく、上り下りに決まった時がない。これを神という。蓍と龍は、隠れて暗いところにいて、あることもでき、なくなることもできるものである。
解説
前の段が、人はあることはできてもなくなることはできない、と締めたのを受けています。ではなくなれるものは何か。蓍と龍だ、と答えました。龍は小さくなろうとすれば蚕のようになり、大きくなろうとすれば天下に隠れる。変化に決まった日がなく、上り下りに決まった時がない。決まりがないことを、神と呼んでいます。
この章句が説くこと
伏し闇くして能く存し能く亡ぶる者は蓍と竜と是れなり竜は水に生じ五色を被りて游ぐ故に神なり小ならんと欲すれば則ち化すること蠶蠋の如く大ならんと欲すれば則ち天下に蔵まる変化に日無く上下に時無し之を神と謂う竜変化
関連する章句
-
『管子』水地是を以て水の精、麤濁蹇にして、能く存して亡ぶ能わざる者は、人と玉とを生ず。伏し闇くして能く存し能く亡ぶる者は、蓍と龍となり。或いは世に見れ、或いは見れざる者は、蟡と慶忌となり。故に人皆な之を服して、管子は之に則る。人皆な之を有して、管子は之を以てす。
-
『管子』形勢解天は萬物を覆いて之を制し、地は萬物を載せて之を養い、四時は萬物を生長して之を収藏す。古より今に至るまで、其の道を更めず。故に曰く、「古今一なり」と。蛟龍は、水蟲の神なる者なり、水に乘れば則ち神立ち、水を失えば則ち神廢る。人主は、天下の威有る者なり、民を得れば則ち威立ち、民を失えば則ち威廢る。蛟龍は水を得るを待ちて後に其の神を立て、人主は民を得るを待ちて後に其の威を成す。故に曰く、「蛟龍水を得て神立つ可きなり」と。虎豹は、獸の猛き者なり、深林廣澤の中に居れば、則ち人其の威を畏れて之を載く。人主は、天下の勢有る者なり、深く居れば則ち人其の勢を畏る。故に虎豹其の幽を去りて人に近づけば、則ち人之を得て其の威を易る。人主其の門を去りて民に迫れば、則ち民之を輕んじて其の勢に傲る。故に曰く、「虎豹幽に託して威載す可きなり」と。
-
『管子』水地天地に集まりて、萬物に藏まる。金石に產し、諸生に集まる、故に水神と曰う。草木に集まれば、根は其の度を得、華は其の數を得、實は其の量を得。鳥獸之を得れば、形體肥大し、羽毛豐茂し、文理明著なり。萬物其の幾を盡くし、其の常に反らざるは莫きは、水の内度適えばなり。夫れ玉の貴ばるる所以の者は、九德焉に出づればなり。夫れ玉は温潤にして以て澤あり、仁なり。鄰りて理を以てする者は、知なり。堅くして蹙まざるは、義なり。廉にして劌らざるは、行なり。鮮やかにして垢つかざるは、潔なり。折れて撓まざるは、勇なり。瑕適皆な見るるは、精なり。茂華光澤あり、竝び通じて相陵がざるは、容なり。之を叩けば、其の音清搏として逺くに徹り、純にして殺がざるは、辭なり。是を以て人主之を貴び、藏して以て寶と為し、剖きて以て符瑞と為す、九德焉に出づ。
-
『管子』水地或いは世に見れ、或いは世に見れざる者は、蟡と慶忌とを生ず。故に涸澤數百歲、谷の徙らず、水の絶えざる者は、慶忌を生ず。慶忌なる者は、其の狀人の若く、其の長さ四寸。黄衣を衣、黄冠を冠り、黄葢を戴き、小馬に乘り、疾く馳するを好む。其の名を以て之を呼べば、千里の外をして、一日にして反報せしむ可し。此れ涸澤の精なり。涸川の精なる者は蟡に生ず。蟡なる者は、一頭にして兩身、其の形虵の若く、其の長さ八尺。其の名を以て之を呼べば、以て魚鼈を取る可し。此れ涸川の水の精なり。
-
『管子』水地地なる者は、萬物の本原、諸生の根菀なり、美惡賢不肖愚俊の生ずる所なり。水なる者は、地の血氣、筋脈の通流するが如き者なり。故に曰く、水は材を具うと。何を以て其の然るを知るや。曰く、夫れ水は、淖弱にして以て清く、而して好く人の惡を灑ぐ、仁なり。之を視れば黒くして白し、精なり。之を量るに槪をして滿つるに至りて止まらしむ可からず、正なり。唯だ流れざる無く、平らかに至りて止まる、義なり。人皆な高きに赴くに、已獨り下きに赴く、卑なり。卑なる者は、道の室、王者の器なり、而して水以て都居と為す。準なる者は、五量の宗なり。素なる者は、五色の質なり。淡なる者は、五味の中なり。是を以て水なる者は、萬物の準なり、諸生の淡なり、違非得失の質なり、是を以て滿たざる無く、居らざる無きなり。
-
『管子』形勢山高くして崩れざれば、則ち祈羊至る。淵深くして涸れざれば、則ち沈玉極まる。天は其の常を變えず、地は其の則を易えず、春秋冬夏は其の節を更めず、古今一なり。蛟龍水を得て神立つ可きなり、虎豹幽を得て威載す可きなり、風雨は鄉無くして怨怒及ばざるなり。貴きには以て令を行う有り、賤しきには以て卑しきを忘るる有り、寿夭貧富は徒らに歸する無きなり。命を銜む者は、君の尊きなり。辭を受くる者は、名の運ばるるなり。