管子 / 形勢解
天覆萬物而制之,地載萬物而養之,四時生長萬物而収藏之,古以至今,不更其道。故曰:「古今一也。」蛟龍,水蟲之神者也,乘於水則神立,失於水則神廢。人主,天下之有威者也,得民則威立,失民則威廢。蛟龍待得水而後立其神,人主待得民而後成其威。故曰:「蛟龍得水而神可立也。」虎豹,獸之猛者也,居深林廣澤之中,則人畏其威而載之。人主,天下之有勢者也,深居則人畏其勢。故虎豹去其幽而近於人,則人得之而易其威。人主去其門而迫於民,則民輕之而傲其勢。故曰:「虎豹託幽而威可載也。」
新字:天覆万物而制之,地載万物而養之,四時生長万物而収蔵之,古以至今,不更其道。故曰:「古今一也。」蛟竜,水虫之神者也,乗於水則神立,失於水則神廃。人主,天下之有威者也,得民則威立,失民則威廃。蛟竜待得水而後立其神,人主待得民而後成其威。故曰:「蛟竜得水而神可立也。」虎豹,獣之猛者也,居深林広沢之中,則人畏其威而載之。人主,天下之有勢者也,深居則人畏其勢。故虎豹去其幽而近於人,則人得之而易其威。人主去其門而迫於民,則民軽之而傲其勢。故曰:「虎豹託幽而威可載也。」
書き下し
天は萬物を覆いて之を制し、地は萬物を載せて之を養い、四時は萬物を生長して之を収藏す。古より今に至るまで、其の道を更めず。故に曰く、「古今一なり」と。蛟龍は、水蟲の神なる者なり、水に乘れば則ち神立ち、水を失えば則ち神廢る。人主は、天下の威有る者なり、民を得れば則ち威立ち、民を失えば則ち威廢る。蛟龍は水を得るを待ちて後に其の神を立て、人主は民を得るを待ちて後に其の威を成す。故に曰く、「蛟龍水を得て神立つ可きなり」と。虎豹は、獸の猛き者なり、深林廣澤の中に居れば、則ち人其の威を畏れて之を載く。人主は、天下の勢有る者なり、深く居れば則ち人其の勢を畏る。故に虎豹其の幽を去りて人に近づけば、則ち人之を得て其の威を易る。人主其の門を去りて民に迫れば、則ち民之を輕んじて其の勢に傲る。故に曰く、「虎豹幽に託して威載す可きなり」と。
現代語訳
天は万物を覆ってこれを制し、地は万物を載せてこれを養い、四季は万物を生み育てて収め蔵する。昔から今まで、その道を変えていない。だから、昔も今も一つである、という。蛟龍は水にすむものの神である。水に乗れば神としての力が立ち、水を失えばその力は廃れる。主は天下で威を持つ者である。民を得れば威が立ち、民を失えば威は廃れる。蛟龍は水を得てはじめて神の力を立て、主は民を得てはじめて威を成す。だから、蛟龍は水を得て神が立つ、という。虎や豹は獣のなかで猛いものである。深い林や広い沢のなかにいれば、人はその威を畏れて敬う。主は天下で勢いを持つ者である。深く構えていれば、人はその勢いを畏れる。だから虎や豹が奥まったところを離れて人に近づけば、人はそれを捕らえて威を軽んじる。主が門を離れて民に迫れば、民はそれを軽んじて勢いに傲る。だから、虎豹は奥に身を置いて威を保てる、という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』形勢山高くして崩れざれば、則ち祈羊至る。淵深くして涸れざれば、則ち沈玉極まる。天は其の常を變えず、地は其の則を易えず、春秋冬夏は其の節を更めず、古今一なり。蛟龍水を得て神立つ可きなり、虎豹幽を得て威載す可きなり、風雨は鄉無くして怨怒及ばざるなり。貴きには以て令を行う有り、賤しきには以て卑しきを忘るる有り、寿夭貧富は徒らに歸する無きなり。命を銜む者は、君の尊きなり。辭を受くる者は、名の運ばるるなり。
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『管子』形勢解人主術數を學ぶに務め、正理を行うに務むれば、則ち變化日に進み、大功に至るも、愚人は知らざるなり。亂主は淫佚邪枉にして、日に無道を為し、滅亡に至るも自ら知らざるなり。故に曰く、「其の之を為すを知る莫くして、其の功既に成る。其の之を舍つるを知る莫くして、之を藏して形無し」と。古者三王五霸は皆な人主の天下を利する者なり、故に身貴顯にして子孫其の澤を被る。桀・紂・幽・厲は、皆な人主の天下を害する者なり、故に身困傷して子孫其の禍を蒙る。故に曰く、「今を疑う者は之を古に察し、來を知らざる者は之を往に視る」と。神農は耕を教え榖を生じて以て民の利を致す。禹は身ら瀆を決し、髙きを斬り下きに橋して以て民の利を致す。湯・武は無道を征伐し、暴亂を誅殺して以て民の利を致す。故に明主の動作は異なりと雖も、其の民を利するは同じきなり。故に曰く、「萬事の任は、起こるを異にして歸を同じくす、古今一なり」と。
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『管子』形勢解日月は、萬物を昭察する者なり。天に雲氣多く、蔽い蓋う者衆ければ、則ち日月明らかならず。人主は猶お日月のごときなり、羣臣に姦多く私を立てて以て其の主を擁蔽すれば、則ち主は其の臣下を昭察するを得ず、臣下の情上に通ずるを得ず、故に姦邪日に多くして人主愈々蔽わる。故に曰く、「日月明らかならざるは、天易わらざるなり」と。山は、物の髙き者なり、地險穢にして平易ならざれば、則ち山見わるるを得ず。人主は猶お山のごときなり、左右に黨比周する多くして以て其の主を壅げば、則ち主見わるるを得ず。故に曰く、「山髙くして見えざるは、地易わらざるなり」と。人主言を出だし、民心に逆らわず、理義に悖らず、其の言う所以て天下を安んずるに足る者は、人唯だ其の復た言わざるを恐るるなり。言を出だして父子の親を離し、君臣の道を疏くし、天下の衆を害するは、此れ言の復た可からざる者なり、故に明主は言わざるなり。故に曰く、「言いて復た可からざる者は、君言わざるなり」と。
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『管子』形勢解天は萬物を覆いて之を制し、寒暑を制し、日月を行らせ、星辰を次で、天の常なり。之を治むるに理を以てし、終わりて復た始まる。主は萬民を牧し、天下を治め、百官に莅む、主の常なり。之を治むるに法を以てし、終わりて復た始まる。子孫を和し、親戚を屬ぬる、父母の常なり。之を治むるに義を以てし、終わりて復た始まる。敦く敬い忠信なる、臣下の常なり。以て其の主に事え、終わりて復た始まる。親を愛し善く養い、思い敬いて教を奉ずる、子婦の常なり。以て其の親に事え、終わりて復た始まる。故に天其の常を失わざれば、則ち寒暑其の時を得、日月星辰其の序を得。主其の常を失わざれば、則ち羣臣其の義を得、百官其の事を守る。父母其の常を失わざれば、則ち子孫和順し、親戚相驩ぶ。臣下其の常を失わざれば、則ち事に過失無くして、官職政治まる。子婦其の常を失わざれば、則ち長幼理まりて親疎和す。故に常を用うる者は治まり、常を失う者は亂る。天未だ嘗て其の治むる所以を變えざるなり。故に曰く、「天は其の常を變えず」と。
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『管子』形勢解明主の事を舉ぐるや、聖人の慮を任じ、衆人の力を用いて、自ら與らず、故に事成りて福生ず。亂主は自ら智とするも、聖人の慮に因らず。矜り奮いて自ら功とするも、衆人の力に因らず。專ら己を用いて正諫を聽かず、故に事敗れて禍生ず。故に曰く、「伐矜好專は、事を舉ぐるの禍なり」と。馬なる者は、乘りて以て野を行く所なり、故に野を行かずと雖も、其の馬を養い食ましむるや、未だ嘗て解惰せざるなり。民なる者は、以て守戰する所なり、故に守戰せずと雖も、其の民を治め養うや、未だ嘗て解惰せざるなり。故に曰く、「其の野を行かざるも、其の馬を違えず」と。天は四時を生じ、地は萬財を生じ、以て萬物を養いて取る無し。明主は天地に配する者なり、民に教うるに時を以てし、之を勸むるに耕織を以てし、以て民の養いを厚くして、其の功を伐らず、其の利を私せず。故に曰く、「能く予えて取る無き者は、天地の配なり」と。
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『管子』形勢解民の有道に從うや、飢えの食を先とするが如く、寒えの衣を先とするが如く、暑さの隂を先とするが如し。故に道有れば則ち民之に歸し、道無ければ則ち民之を去る。故に曰く、「道往く者は其の人來たる莫く、道來たる者は其の人往く莫し」と。道なる者は、身を變化して正理に之く所以の者なり。故に道身に在れば、則ち言自ら順い、行自ら正しく、君に事えて自ら忠、父に事えて自ら孝、人に遇して自ら理あり。故に曰く、「道の設くる所は、身の化なり」と。天の道は、滿ちて溢れず、盛んにして衰えず。明主は天道を法象す、故に貴くして驕らず、富みて奢らず、理を行いて惰らず、故に能く長く貴富を守り、久しく天下を有ちて失わざるなり。故に曰く、「滿を持する者は天と與にす」と。明主は、天下の禍を救い、天下の危を安んずる者なり。夫れ禍を救い危を安んずる者は、必ず萬民の用を為すを待ちて、而る後に能く之を為す。故に曰く、「危を安んずる者は人と與にす」と。