管子 / 心術下
心安,是國安也。心治,是國治也。治也者,心也。安也者,心也。治心在於中,治言出於口,治事加於民。故功作而民從,則百姓治矣。所以操者,非刑也;所以危者,非怒也。民人操,百姓治,道其本至也。至不至無,非所人而亂。凡在有司執制者之利,非道也。聖人之道,若存若亡。援而用之,殁世不亾,與時變而不化;應物而不移,日用之而不化。
新字:心安,是国安也。心治,是国治也。治也者,心也。安也者,心也。治心在於中,治言出於口,治事加於民。故功作而民従,則百姓治矣。所以操者,非刑也;所以危者,非怒也。民人操,百姓治,道其本至也。至不至無,非所人而乱。凡在有司執制者之利,非道也。聖人之道,若存若亡。援而用之,殁世不亾,与時変而不化;応物而不移,日用之而不化。
書き下し
心安らかなるは、是れ國安らかなるなり。心治まるは、是れ國治まるなり。治むる者は、心なり。安んずる者は、心なり。心を治むるは中に在り、言を治むるは口より出で、事を治むるは民に加わる。故に功作りて民從えば、則ち百姓治まる。操る所以の者は、刑に非ざるなり。危うくする所以の者は、怒に非ざるなり。民人操り、百姓治まるは、道其の本より至ればなり。至らざれば至る無く、人する所に非ずして亂る。凡そ有司の制を執る者の利に在るは、道に非ざるなり。聖人の道は、存するが若く亡きが若し。援きて之を用うれば、世を殁するも亡びず、時と變じて化せず、物に應じて移らず、日々に之を用いて化せず。
現代語訳
心が安らかであれば、国も安らかである。心が治まっていれば、国も治まっている。治めるのは心である。安んじるのも心である。心を治めるのは内にあり、言葉を治めるのは口から出て、事を治めるのは民に及ぶ。だから功が立って民が従えば、民は治まる。人を動かすのは刑ではない。人を危うくするのは怒りではない。人が動き民が治まるのは、道が本のところから届いているからである。届かなければ何も至らず、人がすることでもないのに乱れる。役人が決まりを握ることの利にあるのは、道ではない。聖人の道は、あるようでないようである。引き寄せて用いれば、世が終わっても失われず、時とともに移っても質は変わらず、物に応じても移らず、日々に用いても変わらない。
解説
この章句が説くこと
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『管子』內業之を得て舍つる勿かれ、耳目淫せず、心に他圖無し。正心中に在れば、萬物度を得。道は天下に滿ち、普く民の所に在り、民知る能わざるなり。一言の解、上は天に察かに、下は地を極め、九州に蟠り滿つ。何をか之を解すと謂う。心の安きに在り。我が心治まれば、官乃ち治まる。我が心安んずれば、官乃ち安んず。之を治むる者は心なり、之を安んずる者は心なり。心以て心を藏し、心の中に又た心有り。彼の心の心は、音以て言に先んず。音ありて然る後に形あり、形ありて然る後に言あり、言ありて然る後に使あり、使ありて然る後に治まる。治まらざれば必ず亂れ、亂るれば乃ち死す。
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『管子』內業凡そ心の刑は、自ら充ち自ら盈ち、自ら生じ自ら成る。其の之を失う所以は、必ず憂樂喜怒欲利を以てす。能く憂樂喜怒欲利を去れば、心乃ち濟に反る。彼の心の情は、安以て寧きを利とす。煩わす勿かれ亂す勿かれ、和乃ち自ら成る。折折乎として側に在るが如く、忽忽乎として將に得ざらんとするが如く、渺乎として窮まりて極まり無きが如し。此れ稽うるに逺からず、日に其の德を用う。夫れ道なる者は、形を充たす所以なり、而して人固くする能わず。其の往くや復らず、其の來たるや舍らず。謀乎として其の音を聞く莫く、卒乎として乃ち心に在り。冥冥乎として其の形を見ず、淫淫乎として我と俱に生ず。其の形を見ず、其の聲を聞かずして、其の成るを序する、之を道と謂う。
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