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管子 / 心術上

去智與故,言虚素也。其應非所設也,其動非所取也。此言因也。因也者,舍已而以物為法者也。感而後應,非所設也。縁理而動,非所取也。過在自用,罪在變化。自用則不虛,不虛則仵於物矣。變化則為生,為生則亂矣。故道貴因。因者,因其能者,言所用也。君子之處也,若無知,言至虚也。其應物也,若偶之,言時適也。若影之象形,響之應聲也。故物至則應,過則舍矣。舍矣者,言復所於虛也。

新字:去智与故,言虚素也。其応非所設也,其動非所取也。此言因也。因也者,舎已而以物為法者也。感而後応,非所設也。縁理而動,非所取也。過在自用,罪在変化。自用則不虚,不虚則仵於物矣。変化則為生,為生則乱矣。故道貴因。因者,因其能者,言所用也。君子之処也,若無知,言至虚也。其応物也,若偶之,言時適也。若影之象形,響之応声也。故物至則応,過則舎矣。舎矣者,言復所於虚也。

書き下し

智と故とを去るとは、虚素を言うなり。其の應ずるは設くる所に非ず、其の動くは取る所に非ずとは、此れ因るを言うなり。因る者は、己を舍てて物を以て法と為す者なり。感じて而る後に應ずるは、設くる所に非ざるなり。理に縁りて動くは、取る所に非ざるなり。過ちは自ら用うるに在り、罪は變化に在り。自ら用うれば則ち虛ならず、虛ならざれば則ち物に仵らう。變化すれば則ち偽生じ、偽生ずれば則ち亂る。故に道は因るを貴ぶ。因るとは、其の能くする者に因る、用うる所を言うなり。君子の處るや、知る無きが若しとは、至虚を言うなり。其の物に應ずるや、之に偶するが若しとは、時に適うを言うなり。影の形に象り、響の聲に應ずるが若きなり。故に物至れば則ち應じ、過ぐれば則ち舍つ。舍つとは、虛に復する所を言うなり。

現代語訳

智と作為を去るとは、空しく素のままでいることをいう。その応じ方は構えたものではなく、その動きは自分から取ったものではない、というのは、従うことをいう。従うとは、自分を捨てて物を法とすることである。感じてから応じるのは、構えたものではない。理に沿って動くのは、自分から取ったものではない。過ちは自分の判断を使うところにあり、罪は変えてしまうところにある。自分の判断を使えば空でなくなり、空でなければ物と食い違う。変えてしまえば作りごとが生まれ、作りごとが生まれれば乱れる。だから道は従うことを貴ぶ。従うとは、その人ができることに従うことであり、用いるところをいう。君子が居るときに何も知らないようだ、というのは、至って空であることをいう。物に応じるときにそれに寄り添うようだ、というのは、その時にかなうことをいう。影が形をなぞり、響きが声に応えるようなものである。だから物が来れば応じ、過ぎれば手放す。手放すとは、空に戻ることをいう。

解説

従うとは何かを、はっきり定義した段です。自分を捨てて物を法とすること。そして従うとは、その人ができることに従うこと。人の扱いにもそのまま当てはまります。影が形をなぞり、響きが声に応える。来れば応じ、過ぎれば手放す。手放すことが空に戻ることだ、と締められました。

この章句が説くこと

因る者は己を舎てて物を以て法と為す者なり感じて而る後に応ずるは設くる所に非ざるなり自ら用うれば則ち虚ならず虚ならざれば則ち物に仵らう物至れば則ち応じ過ぐれば則ち舎つ従う

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