管子 / 心術上
莫人言,至也;不宜言,應也。應也者,非吾所設,故能無宜也。不顧言,因也。因也者,非吾所顧,故無顧也。不出於口,不見於色,言無形也。四海之人,孰知其則?言深囿也。
新字:莫人言,至也;不宜言,応也。応也者,非吾所設,故能無宜也。不顧言,因也。因也者,非吾所顧,故無顧也。不出於口,不見於色,言無形也。四海之人,孰知其則?言深囿也。
書き下し
人言う莫きは、至れるなり。宜しからざるを言うは、應ずるなり。應ずる者は、吾が設くる所に非ず、故に能く宜しき無きなり。顧みざるを言うは、因るなり。因る者は、吾が顧みる所に非ず、故に顧みる無きなり。口より出でず、色に見れずとは、無形を言うなり。四海の人、孰か其の則を知らんとは、深く囿えるを言うなり。
現代語訳
人が言わないのは、至っているからである。宜しくないと言うのは、応じているからである。応じるとは、こちらが構えたものではない。だから宜しさにこだわらずにいられる。顧みないと言うのは、そのままに従っているからである。従うとは、こちらが顧みたものではない。だから顧みることがない。口から出さず、顔色にも出さないとは、かたちがないことをいう。四海の人の誰がその決まりを知ろうか、とは、深く囲われていることをいう。
解説
短い解の部分です。応じるとは、こちらが構えたものではないこと。従うとは、こちらが顧みたものではないこと。どちらも、自分の側から始まっていない、という一点で説明されます。だからこそ、宜しさにこだわらずにいられる、と。口にも顔色にも出さないのは、かたちがないからだと言い直されました。
この章句が説くこと
人言う莫きは至れるなり応ずる者は吾が設くる所に非ず故に能く宜しき無きなり因る者は吾が顧みる所に非ず故に顧みる無きなり口より出でず色に見れずとは無形を言うなり応じる従う
関連する章句
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『管子』心術上智と故とを去るとは、虚素を言うなり。其の應ずるは設くる所に非ず、其の動くは取る所に非ずとは、此れ因るを言うなり。因る者は、己を舍てて物を以て法と為す者なり。感じて而る後に應ずるは、設くる所に非ざるなり。理に縁りて動くは、取る所に非ざるなり。過ちは自ら用うるに在り、罪は變化に在り。自ら用うれば則ち虛ならず、虛ならざれば則ち物に仵らう。變化すれば則ち偽生じ、偽生ずれば則ち亂る。故に道は因るを貴ぶ。因るとは、其の能くする者に因る、用うる所を言うなり。君子の處るや、知る無きが若しとは、至虚を言うなり。其の物に應ずるや、之に偶するが若しとは、時に適うを言うなり。影の形に象り、響の聲に應ずるが若きなり。故に物至れば則ち應じ、過ぐれば則ち舍つ。舍つとは、虛に復する所を言うなり。
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『管子』心術上心の體に在るは、君の位なり。九竅の職有るは、官の分なり。耳目なる者は、視聽の官なり。心にして視聽の事に與る無ければ、則ち官其の分を守るを得。夫れ心に欲有る者は、物過ぐるも目見えず、聲至るも耳聞こえざるなり。故に曰く、上其の道を離るれば、下其の事を失うと。故に曰く、心術なる者は、無為にして竅を制する者なり、故に君と曰うと。馬に代わりて走る無かれ、鳥に代わりて飛ぶ無かれとは、此れ能ある能を奪わず、下に誠を與せざるを言うなり。物に先んじて動く毋かれとは、搖るる者は定まらず、趮る者は静かならず、動の以て觀る可からざるを言うなり。位なる者は、其の立つ所を謂うなり。人主なる者は隂に立つ、隂なる者は静かなり、故に曰く動けば則ち位を失うと。隂なれば則ち能く陽を制し、静なれば則ち能く動を制す。故に曰く静なれば乃ち自ら得と。
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『管子』心術上心の體に在るは、君の位なり。九竅の職有るは、官の分なり。心其の道に處れば、九竅理に循う。嗜欲充益すれば、目色を見ず、耳聲を聞かず。故に曰く、上其の道を離るれば、下其の事を失うと。馬に代わりて走る毋かれ、其の力を盡くさしめよ。鳥に代わりて飛ぶ毋かれ、其の羽翼あらしめよ。物に先んじて動く毋かれ、以て其の則を觀よ。動けば則ち位を失い、静なれば乃ち自ら得。道は逺からずして極め難きなり、人と竝び處りて得難きなり。其の欲を虛しくすれば、神將に入り舍らんとす。不潔を掃除すれば、神乃ち留り處る。人皆な智ならんと欲す、而して其の智なる所以を索むる莫きか。智なるかな智なるかな、之を海外に投じて自ら奪う無し、之を求むる者は得ず、之に處る者は夫れ。正人は之を求むる無きなり、故に能く虛無なり。虛無無形、之を道と謂う。萬物を化育する、之を德と謂う。君臣父子人間の事、之を義と謂う。登降揖讓、貴賤に等有り、親疎の體、之を禮と謂う。物を簡び小と未と一つの道、殺僇禁誅、之を法と謂う。大道は安んず可くして説く可からず。直人の言は、不義にして顧みず。口より出でず、色に見れず、四海の人、又た孰か其の則を知らんや。
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