管子 / 侈靡
「沮平氣之陽,若如辭靜。餘氣之濳然而動,愛氣之濳然而哀,胡得而治動?」對曰:「得之衰時,位而觀之,佁美然後有煇。脩之心,其殺以相待,故有滿虛哀樂之氣也。故書之帝八,神農不與存,為其無位,不能相用。」
新字:「沮平気之陽,若如辞静。余気之濳然而動,愛気之濳然而哀,胡得而治動?」対曰:「得之衰時,位而観之,佁美然後有煇。脩之心,其殺以相待,故有満虚哀楽之気也。故書之帝八,神農不与存,為其無位,不能相用。」
書き下し
「平氣の陽を沮み、辭静なるが若きが如し。餘氣の濳然として動き、愛氣の濳然として哀しむ、胡ぞ得て動を治めん」と。對えて曰く、「之を衰うる時に得て、位して之を觀れば、佁美にして然る後に煇有り。之を心に脩め、其の殺ぐを以て相待つ、故に滿虚哀樂の氣有るなり。故に書の帝八にして、神農は與に存せざるは、其の位無きを為して、相用うる能わざればなり」と。
現代語訳
平らかな気の陽を塞ぐと、言葉が静まったようになる。余った気がひそかに動き、愛おしむ気がひそかに哀しむ。どうやってその動きを治めればよいのか。答えた。衰えていく時にそれを捉え、位置を定めて見れば、ぼんやりと美しく、そのうえで輝きが出てくる。それを心で修め、削れていくところで待ち合う。だから満と虚、哀しみと楽しみの気がある。だから書に載る帝は八人で、神農がそこに入っていないのは、その位を作らず、互いに用いることができなかったからである。
解説
気の動きを、衰えていく時に捉えよという段です。盛りではなく下り坂に置いて見ると、ぼんやりとした美しさのあとに輝きが出てくる、と。削れていくところで待ち合う、という言い方も同じ向きです。締めに神農が挙げられて、位を作らず互いに用いることができなかったから帝の数に入らない、と評されました。盛りではなく下り坂に置いて見る、という視点の取り方です。
この章句が説くこと
平気の陽を沮み辞静なるが若きが如し之を衰うる時に得て位して之を観れば佁美にして然る後に煇有り之を心に脩め其の殺ぐを以て相待つ書の帝八にして神農は与に存せざるは其の位無きを為せばなり気衰え
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