管子 / 形勢
墜岸三仞,人之所大難也,而猿猱飲焉。故曰:伐矜好專,舉事之禍也。不行其野,不違其馬。能予而無取者,天地之配也。怠倦者不及,無廣者疑神。神者在内,不及者在門。在内者將假,在門者將待。曙戒勿怠,後穉逢殃。朝忘其事,夕失其功。邪氣入内,正色乃衰。君不君則臣不臣,父不父則子不子。上失其位則下踰其節,上下不和,令乃不行。衣冠不正則賓者不肅,進退無儀則政令不行,且懷且威則君道備矣。
新字:墜岸三仞,人之所大難也,而猿猱飲焉。故曰:伐矜好専,舉事之禍也。不行其野,不違其馬。能予而無取者,天地之配也。怠倦者不及,無広者疑神。神者在内,不及者在門。在内者将仮,在門者将待。曙戒勿怠,後穉逢殃。朝忘其事,夕失其功。邪気入内,正色乃衰。君不君則臣不臣,父不父則子不子。上失其位則下踰其節,上下不和,令乃不行。衣冠不正則賓者不粛,進退無儀則政令不行,且懐且威則君道備矣。
書き下し
墜岸三仞は、人の大いに難しとする所なり、而して猿猱は焉に飲む。故に曰く、伐矜專を好むは、事を舉ぐるの禍なり。其の野を行かざれば、其の馬に違わず。能く予えて取ること無き者は、天地の配なり。怠倦なる者は及ばず、廣むる無き者は神を疑う。神なる者は内に在り、及ばざる者は門に在り。内に在る者は將に假さんとし、門に在る者は將に待たんとす。曙に戒めて怠る勿かれ、後れ穉ければ殃に逢う。朝に其の事を忘るれば、夕べに其の功を失う。邪氣内に入れば、正色乃ち衰う。君君たらざれば則ち臣臣たらず、父父たらざれば則ち子子たらず。上其の位を失えば則ち下其の節を踰え、上下和せざれば、令乃ち行われず。衣冠正しからざれば則ち賓者肅まず、進退儀無ければ則ち政令行われず、且つ懷け且つ威あらば則ち君道備わる。
現代語訳
三仞の切り立った崖は人には至難の場所だが、猿はそこで水を飲む。だから言う、自分の手柄を誇り独り占めを好むのは、事を起こすときの禍だと。その野を行かなければ、その馬とすれ違うこともない。与えるばかりで取ることのない者は、天地と並ぶものである。怠け飽きる者は届かず、広さのない者は霊妙な働きを疑う。霊妙なものは内側にあり、届かない者は門の外にいる。内にある者は貸し与えようとし、門にいる者は待つばかりである。夜明けに戒めて怠るな、遅れて幼いままなら災いに遭う。朝にその事を忘れれば、夕べにその功を失う。邪な気が内に入れば、正しい顔色は衰える。君が君でなければ臣は臣でなく、父が父でなければ子は子でない。上がその位を失えば下は節度を越え、上下が和さなければ命令は行われない。衣冠が正しくなければ客は居ずまいを正さず、立ち居振る舞いに作法がなければ政令は行われない。なつかせもし、威もある。それで君の道は備わる。
解説
この章句が説くこと
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牧民忠告・御下小にしては一邑(いちゆう)と為り、大にしては天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩わさずして威令自(おのずか)ら行わる。人徒(ただ)民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤(もっと)も難きを知らず。蓋し吏は官と比(ひ)し、詭詐(きさ)生じ易し。民は官に遠く、理法を知る能わず、誤(あやま)って然(しか)して犯す、宜(むべ)なるかな矜(あわれ)む可きがごとし。吏は則ち日(ひび)法律の中に処り、知らざるに非ざるなり、小過懲(こ)らさざれば、必ず大患を為し、忌憚(きたん)する所無からん。嘗て聞く、「民を治むるは目を治むるが如し、撥触(はっしょく)すれば則ち益々昏(くら)し。吏を治むるは歯牙(しが)を治むるが如し、剔漱(てきそう)すれば則ち益々利(と)し」と。《伝》に曰わく、「威其の愛に克てば允(まこと)に済(な)る、愛其の威に克てば允に罔(あやま)る」と。功(こう)此れに法(のっと)りて行わば、断じて治め難きに至らじ。
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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説苑・修文冠とは成人を別つ所以なり、德を脩め躬を束ねて以て自ら申飭す、其の邪心を檢し、其の正意を守る所以なり。君子始めて冠するや、必ず成禮を祝し、冠を加えて以て其の心を屬す、故に君子成人するや、必ず冠帶して以て事を行い、幼少嬉戲惰慢の心を棄てて、進德脩業の志に衎衎たり。是の故に服象を成さざるも、內心變ぜず、內心德を脩め、外禮文を被る、顯令の名を成す所以なり。是の故に皮弁素積、百王易えず、既に以て德を脩め、又以て容を正す。孔子曰く、「其の衣冠を正しくし、其の瞻視を尊くすれば、嚴然として人望みて之を畏る、亦威にして猛からずならずや?」と。
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李衛公問対・卷中愛は先に設け、威は後に設くべし、是に反すべからざるなり。若し威を前に加え、愛を後に救わば、事に益無し。
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風姿花伝・第三 問答条々問、能に位の差別を知る事如何。答、これ目利の眼にはやすく見ゆるなり。凡そ位のあがるとは、能の重々の事なれども、ふしぎに十ばかりの能者にも、この位おのれとあがれる風体あり。但し稽古なからむには、おのれとあがる位ありともいたづら事なり。先づ稽古の劫入りて位のあらむは、常のことなり。また生得あがる位とは長なり。嵩と申すは別の事なり。多く人、長と嵩とを同じやうに思ふなり。嵩と申すは、ものものしくせのある形なり。またいふ、嵩は一切にわたる義なり。位長には別の物なり。たとへば、生得幽玄なる所ある、これ上の位か。然れども、さらに幽玄にはなき仕手の、長のあるもあり。これは幽玄ならぬ長なり。また初心の人思ふべし。稽古に上の位を心がけんは、返々かなふまじ。位はいよいよかなはで、あまさへ稽古しける分もさがるべし。所詮、位長のあがらんことは、かくべつの心得ありて得ずしては、大方かなふまじ。また稽古の劫入りて垢落ちぬれば、この位おのれと出来ることあり。稽古とは、音曲、舞、はたらき、物まね、かやうの品々をきはむる形木なり。よくよく工夫して思ふに、幽玄の位は生得の物か、闌けたる位は劫入りたるところか、心中に案をめぐらすべし。
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論語・憲問篇曾子曰く、君子は思うこと其の位を出でず。