管子 / 侈靡
法制度量,王者典器也。執故義道,畏變也。天地若夫神之動,化變者也。天地之極也,能與化起而王用,則不可以道山也。仁者善用,智者善用,非其人則與神往矣。衣食之於人也,不可以一日違也。親戚可以時大也。是故聖人萬民,艱處而立焉。
新字:法制度量,王者典器也。執故義道,畏変也。天地若夫神之動,化変者也。天地之極也,能与化起而王用,則不可以道山也。仁者善用,智者善用,非其人則与神往矣。衣食之於人也,不可以一日違也。親戚可以時大也。是故聖人万民,艱処而立焉。
書き下し
法制度量は、王者の典器なり。故を執り義を道とするは、變を畏るればなり。天地は夫の神の動くが若く、化變する者なり。天地の極なり、能く化と與に起こりて王之を用うれば、則ち以て山に道す可からず。仁者は善く用い、智者は善く用う、其の人に非ざれば則ち神と與に往くなり。衣食の人に於けるや、以て一日も違う可からざるなり。親戚は以て時に大にす可きなり。是の故に聖人は萬民、艱處して焉に立つ。
現代語訳
法と制と度と量は、王者の備える器である。古いやり方を握り義を道とするのは、変わることを畏れるからである。天地は神が動くようであって、移り変わるものである。それが天地の極みである。移り変わりとともに起こって王がそれを用いれば、山のように動かないやり方はできない。仁ある者はうまく用い、智ある者もうまく用いる。その人でなければ、神とともに去っていく。衣食は人にとって、一日も欠かせない。親族は時に応じて大きくできる。だから聖人は万民とともに、難しいところに身を置いて立つ。
解説
古いやり方を握るのは、変わるのが怖いからだ、と言い切ります。天地そのものが移り変わるのだから、それとともに起こる者でなければ王の器は使えない。同じ器でも、仁ある者と智ある者ならうまく使え、その人でなければ効き目ごと去っていく、と。締めは、聖人は難しいところに身を置いて立つ、でした。
この章句が説くこと
法制度量は王者の典器なり故を執り義を道とするは変を畏るればなり能く化と与に起こりて王之を用う仁者は善く用い智者は善く用う其の人に非ざれば則ち神と与に往くなり器変化
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